密接な関係にある他国から

アメリカと日本の社会、文化、日常感覚など、下から目線でつなげてみる。

なぜか負け惜しみに負け惜しみに聞こえる、麻生不遜発言「石破氏前線せず」

仁義なき石破潰しでも”下々”の党員の不満は現れた。石破氏善戦を封じるメディアに対して、毎度おなじみ、この人のこの発言。

麻生大臣「石破氏は善戦ではない」 地方票45%でも(18/09/21)


総裁選挙中に「『石破さんを応援するんだったら、辞表を書いてからやれ』と言われた」と発言した斎藤農林水産大臣はインタビューに、「私は敗れた側の人間ですので、コメントはありません。すべて負け惜しみになってしまいますから」


しかし、勝っているのに、負け惜しみを言わなくてはならない、麻生さんが痛すぎる。

自民党の石破茂元幹事長は21日、麻生太郎副総理兼財務相が総裁選の結果を「(石破氏の)善戦とも思わない」と述べたことに対し、「党員の気持ちとずれが起きている」と反発した。その上で「結果を冷静に、謙虚に見る姿勢は常に問われる」と強調した。東京都内で記者団に語った。(2018/09/21-19:25)


常に正論、論理的で、存在感を大きく示した石破氏。
かたや、へたれてしまった、野田・岸田両氏。
野田氏は「何でも(首相の意向で)一方的に進んでしまうという(国民の)不安を払拭(ふっしょく)できた。政党として良かった」とも語った。がそれをいうなら、石破支持表明をするべきだったし、国民の不安は払拭などできていない



安倍晋三首相の自民党総裁3選について、21日の閣議後の閣僚記者会見で発言が相次いだ。


 出馬を断念して首相支持に回った野田聖子総務相は、党員票を中心とした石破茂元幹事長の善戦について「自民党は安倍1強ではなく、権力に対する健全な批判勢力があることが顕在化した」と指摘した。


 野田氏は「何でも(首相の意向で)一方的に進んでしまうという(国民の)不安を払拭(ふっしょく)できた。政党として良かった」とも語った。
政党としてよくするには、石破氏を中心に反安倍勢力を強化し党内で自浄作用を強めることだ。なんとも残念な野田聖子。
 
鈴木俊一五輪担当相は、石破氏の健闘について「本当に必死に地方票を集めたのでないか。それに比べると安倍陣営は必死になる度合いが少なかったのではないか」と分析。
必死になりふり構わず、恫喝さえして票をかき集めたのは、圧勝が確定していた安倍サイド。こちらも勝って負け惜しみ。


首相に近い世耕弘成経済産業相は、首相の得票に関し「外交や災害対応で圧倒的に運動量が制限されている中で、非常にいい数字が取れたのではないか」と指摘した。
災害を利用して、石破氏の運動量を圧倒的に制限した、の間違えでしょ?
 
麻生太郎財務相は「議員の方が(党員より)本人をよく見ている」と述べ、党員票を重視し過ぎるべきではないとの主張を展開。2012年の総裁選の決選投票で89票だった石破氏の議員票が今回は73票に減ったと指摘し、「この現実は政治の世界にいる者にとっては極めて大きい。(石破氏の)善戦とも思わない」と述べた。
選挙の基本を覆す、汚い圧力の結果でも、20人が造反。安倍様教で目の濁った、両親の曇った劣化自民議員たちが、よく見ているのは目先の損得。
 
一方、石破氏を支持した斎藤健農林水産相は「私は敗れた側の人間で、コメントはない。全て負け惜しみになってしまう」と論評を避けた。安倍陣営から辞任圧力を受けたとの自身の発言が与えた影響について問われ、「済んだ話だ。特に申し上げることはない」と述べた。 
超劣勢の石破氏支持に回った時点で、ある覚悟を持っていたはず。この姿勢も醜い麻生傲慢負け惜しみに対比される。


よく、メディはなどで、石破が特にいいわけではなく、彼が普通のレベルだ、安倍がひどすぎるという論調を聞くが、個人的には、石破氏は、今や、大変高いレベルの政治倫理を有している数少ない自民党議員であり、政策も現実的でよく考えらていた。彼個人の思い入れの防衛論にしても、それを一方的に強権的に押し付けない、議論によって説得するという姿勢を示し、野党諸氏と議論・論戦が成立する、高い論理性と言語技能を持ち、彼らへの敬意も持ち合わせている。 圧倒的に不利な状態の元で、こうして自分の良しと信じるす道を選択することが、果たして”普通”にできる人間が何人いるだろうか?


安倍政権批判・反対勢力に常に辛口に望むのは、彼らを褒めれば、自分の見識が下がるとでも言いたげだ。


しかし、石破氏VS枝野氏、志位氏、森ゆうこ氏、山本太郎氏らの野党諸氏との議論によって、現在空疎に空転する国会での時間が、歯車があい機能してゆく。日本はきっとよくなれる。


諸悪の根源、安倍・麻生、そしてその側近が排除される日が近いことを祈る。

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痴漢とLGBTの権利を比べる小川榮太郎氏の主張に対する専門家の指摘

日本の保守を名乗る人々も、安倍菌に感染して劣化の一途をたどっているようだ。
救いは、最近こうした人権無視の感情論、トンデモ暴論に、世論がまともに反応し動来始めているということだ。


安倍首相の、文在寅大統領からのお見舞いのメッセージ無視について、日本の市民がネットで大統領に比例の謝罪を試みた、ということもあった。今回の発端の杉田水脈氏の発言はの、正常な反応もしかり。多くの国民の良識は腐っていない。以前は、発言を円了していたが、あまりに酷すぎる政府主導のモラルハザードに、人々は思い口を開き始めた。


こうしたことが、いずれ選挙に大きく反映することを期待している。


LGBT攻撃のために、痴漢の権利主張というトンデモないトンチンカンな暴論を、発表した”文芸評論家”の小川栄太郎氏。専門を踏み越えて、痴漢が脳由来の症状とまで主張。
これに対して、とても素晴らしい専門家の意見を見つけたので、全文転載する。

月刊誌「新潮45」が9月18日発売の10月号で、同性カップルを念頭に「生産性がない」などと主張した杉田水脈衆院議員(自民)の寄稿を擁護する特集を掲載し、批判を受けている。


特集では、7人の保守派論客による寄稿文が掲載された。その中でも、文芸評論家・小川榮太郎氏による寄稿文を問題視する声がネット上で相次いでいる。


小川氏は記事の後半、LGBT当事者が生きづらいなら「痴漢症候群の男」なども生きづらいと主張。「(痴漢の)再犯を重ねるのはそれが制御不可能な脳由来の症状だという事」とし、(LGBTの権利を保障するなら)「彼らの触る権利を社会は保障すべきでないのか」などと綴った。


これに対し、「痴漢とは被害者がいる性暴力であり、その問題と、LGBTをめぐる議論はまったく土俵が違います」と『男が痴漢になる理由』(イーストプレス)の著者で、精神保健福祉士・社会福祉士(大森榎本クリニック)の斉藤章佳氏は指摘する。


小川榮太郎氏の寄稿文「政治は『生きづらさ』という主観を救えない」より抜粋。
「LGBTの生き難さは後ろめたさ以上のものなのだというなら、SMAGの人達もまた生きづらかろう。SMAGとは何か。サドとマゾとお尻フェチ(Ass fetish)と痴漢(groper)を指す。私の造語だ。ふざけるなという奴がいたら許さない。LGBTも私のような伝統保守主義者から言わせれば充分ふざけた概念だからである。
満員電車に乗った時に女の匂いを嗅いだら手が自動的に動いてしまう、そういう痴漢症候群の男の困苦こそ極めて根深ろう。再犯を重ねるのはそれが制御不可能な脳由来の症状だという事を意味する。
彼らの触る権利を社会は保障すべきでないのか。触られる女のショックを思えというか。それならLGBT様が論壇の大通りを歩いている風景は私には死ぬほどショックだ、精神的苦痛の巨額の賠償金を払ってから口を利いてくれと言っておく。」


「触られる方が悪い」という話になりかねない
小川氏は論考の中で、LGBT当事者の人権を尊重することについて、「(痴漢する人の)触る権利を社会は保障すべきでないのか。触られる女のショックを思えというか」と反論している。


しかし、斉藤氏は「LGBT(性指向と性自認)の権利と痴漢加害者(性嗜好)の権利を同列に並べるのは、非常に問題がある」と指摘する。


「痴漢とは被害者がいる性暴力であり、その問題と、LGBTをめぐる議論はまったく土俵が違います」


「さらに、『触る権利を保障するべき』という主張そのものが、男尊女卑や女性蔑視でもあります。痴漢の加害者は圧倒的に男性が多い。触られる側、つまり痴漢被害者である女性の人権や心情を一切考慮しておらず、この論考をさらに発展させると、『触られる方が悪いんだ』という話にもなりかねません。まさに、セカンドレイプの温床になってしまうような、危険な主張と言えます」


痴漢行為は「脳由来の症状」ではない
また、小川氏は寄稿文の中で、痴漢を繰り返す行為は「脳由来の症状」である、と綴っている。


しかし、「痴漢行為は『脳由来の症状』ではありません」と斉藤氏は指摘する。


「痴漢などの性暴力は、加害者が社会の中で学習して引き起こされる行動で、脳の病気ではありません。痴漢加害者は、時と場所や相手、方法を緻密に選んで痴漢行為を行います。泣き寝入りしそうな相手を選んで行動化しているんです」


「痴漢行為が常習化すると、衝動の制御ができなくなっていきます。梅干しを見ると唾液が出る反応と同じように、満員電車を見るなど、痴漢している時を想起したり、そのような特定の状況や条件下になると、スイッチが入ったような感覚にとらわれ痴漢をしたい欲求が出てくる。そして、それに適切な対処や介入をしないと衝動の制御ができなくなってしまいます」


「これを『渇望』といい、痴漢行為に至ってしまう問題の本質です。彼らは交番の前では痴漢をしません。つまり『脳由来の症状』ではありません」


「痴漢は『選択された行動』にもかかわらず、それを『脳由来の症状』と過剰に病理化してしまうと、加害者の行為責任を隠蔽することになりかねません」


「痴漢は、『制御不可能』」は間違い
小川氏は、痴漢行為について「制御不可能」と表現している。


斉藤氏によると、痴漢を「脳由来の病気」による行動と決め付けたり、「男性の性欲はコントロールできないものだから仕方がない」と性欲説で曖昧にする論説はこれまでにもあったという。


しかし、痴漢行為は決して「やめられない」わけではない。


「こうした表現は、性暴力の問題をうやむやにするための巧妙な論法として今まで社会の中で前提の価値観として共有されてきました。しかし、脳由来の問題とすることで、痴漢や性暴力の問題を矮小化することに繋がり、結果的に加害者を助けてしまうことにも繋がります」


「脳由来の病気とすると、性犯罪者は手のつけられない『モンスター』のような存在ということになります。そして、その人は『痴漢をやめられない』ことになる。しかし、性暴力とは、学習された行動であるからこそ、学習し直すことで必ず止めることができます」


「時間をかけて正しい治療教育を受けることで、痴漢を繰り返してしまう人から、痴漢をやめ続けることができる人になっていきます。しかし、それが小川氏の主張によって、性暴力の再犯防止に関する誤解が広がってしまう恐れもあります」


小川氏の寄稿文をめぐっては、ネット上などで、人権意識に欠いた表現や誤った主張を問題視する声が相次いでいる。多くの批判が渦巻いている状況だ。


斉藤氏は、「間違っている論説には、エビデンスなどをしっかりと提示した上で、対話を試みる必要がある」と指摘する。


杉田水脈議員や小川氏の主張に同調する側、批判する側ーー。杉田水脈議員による寄稿文が掲載されて以降、双方の意見がぶつかり合っている状態だ。それでも、「対話」による相互理解が進んでいくことが、社会が変わるきっかけになるのではないか。斉藤氏は最後にそう語った。



斉藤章佳(さいとう・あきよし)氏


1979年生まれ。大卒後、アジア最大規模といわれる依存症施設である榎本クリニックに精神保健福祉士・社会福祉士としてアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなど様々なアディクション問題に携わる。その後、平成28年4月から現職。大学や専門学校では早期の依存症教育にも積極的に取り組んでおり、講演も含めその活動は幅広くマスコミでも度々取り上げられている。痴漢について専門的に書かれた日本初の著書『男が痴漢になる理由』(イーストプレス)をはじめ、共著に『性依存症の治療』『性依存症のリアル』(金剛出版)がある。


今までネット上でも、稚拙な言葉による暴力と数の暴力を駆使して、跋扈していた、ネトウヨの方々、それを誘導することに成功した安倍政権ネトサポシステム。しかし、それは力を弱めているように見える。ごく一部の人間たちの意図的な操作に、多くの人々が危機感を持ち、社会の劣化に派手めをかけようと、発言し始めていると感じている。



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人間的な信頼関係がなければ(外交は)できない? その信頼は貢物で買う安倍の縁故絶対主義

人間的信頼関係とは、人間として信頼の置ける人物と結びたいものだ。安倍氏は石破氏の”友情と国益は別”という言葉に噛み付いて、「人間的な信頼関係がなければ外交はできない」などと言い張っているが、安倍氏の人間性より、彼が気前よくバラまくお金で関係が成立しているということが、わからないらしい。安倍氏にいい顔をしておけば、金持ち国が気前よく支援金をくれる、東欧か、何処かの国の首相に携帯番号を教えてもらったと、自慢しているが、そのくらい安いものだ。


安倍氏の人生において、信頼関係を結ぶということは、自分のバックボーンに魅力を感じて擦り寄る相手のおべっかを間に受けることで、自分の重要性を確認できたと思い込む人間的繋がりをさす。悪知恵の働く相手には御し易い相手でもある。


米との蜜月強調の安倍首相、「友情と国益は別」と石破氏


 20日投開票の自民党総裁選で、安倍晋三首相と石破茂・元幹事長は16日、NHK番組で論戦を交わした。トランプ米大統領との蜜月をアピールする首相を、石破氏が「友情と国益は別だ」と牽制(けんせい)すれば、首相は「信頼関係がなければ(外交は)できない」と反論。国会改革などはかみ合わなかった。


石破氏は、首相が得意と自負する外交分野に斬り込んだ。「友情と国益は別だ。各国が利益むき出しの時代。いかに国益を守り抜くか」


 通商で日本に譲歩を求めるトランプ氏や、首相と22回の首脳会談を重ねながら、平和条約の年内締結を提案し、北方領土交渉を先送りする考えを示唆したロシアのプーチン大統領への対応ぶりが念頭にある。「言うべきことをきちんと言うべきだ」と訴えた。


 対する首相は「相手が友人だからといって、国益を削ることはどこもしない」と反論。政権を6年近く継続したことで各国首脳と会談を繰り返すことができたとし、「人間的な信頼関係がなければ(外交は)できない。決してそれはマイナスにはならない」とした。


 プーチン氏の提案については「一部の発言をもって右往左往するようなことがあってはならない」との認識を強調。北朝鮮についても「トップ同士が決めなければ進んでいかないことは私の経験で明らか」と述べ、首脳会談による打開に重ねて意欲を示した。


 外交分野では北方領土問題が焦点になりつつあり、石破氏は「領土を少しでも譲るということは主権を失うこと。あってはならない」と訴えた。


(朝日新聞デジタル 2018年09月17日 03時56分)


安倍氏に限らず、日本の人は、個人的関係が密になることがビジネスの大きな要素だと考えている。アメリカでも、ビジネスやプロモーションにホームパーティーを開いて人間関係を広げたりするが、それは、自分に売るべきものがあり、その機会の場を作り、プレゼンテーションする、と言っても過言ではない。招かれる方もよくわかっている。


しかしそれは、相手を好きになり、人間的に信頼するとしても、やはりパーソナルには入り込まない、一定のラインがある。日本では信頼関係を築けたと思うと、際限なく干渉したり(趣味や考えの違いを乗り越えて、良かれと思って強く薦めたり、アドバイス=説教したり)、頼みごとをしたり、仲間意識を盾にした同調圧力をかけたりと、いろいろ面倒くさいことになりやすいが、アメリカの信頼関係は、非常に注意深く、最後まで個人という一線を忘れない。むやみに頼み事もしない代わりに、自分が親切にしたいことはどんどん言ってくる(嫌ならはっきりNo thank youと言っても角は立たない=Thanks anyway
や、I really appreciateなどと言えばより感じいい)


そうした信頼と甘えをごっちゃにしているのが安倍総理の外交姿勢で、拉致被害者のことをトランプに頼むなど、勘違い甘えの最たるものだ。 トランプも適当に受け流していて、本気でその件に動くつもりはないのは明白だった。


ダイレクトに当事国である北朝鮮との交渉に臨まず、周りに頼み込むことをと地球儀俯瞰外交だなどとのたまわっているが、ただ家系の人脈だけでイージーに世渡りしてきた坊々の大きな勘違いであり、どこの首相も”Mr.Abeの頼みだから!!”などと動こうとは思わない。そんな安倍妄言を感心して拝聴するのは、外国コンプレクスの日本国民だけた。


外国通の安倍さんに憧れ、彼の海外でのスマートな活躍を、知っているのは実は日本人だけ、というオチをつける時が来ている。


自国の国民の70%に”人間性を信頼できない”と言われる人物を信頼する諸外国のトップはいないというのは、ごく当たり前のことだろう。



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