密接な関係にある他国から

アメリカと日本の社会、文化、日常感覚など、下から目線でつなげてみる。

強い女性を叩くのが快感? 増大する社会のルサンチマン

安倍政権の政治私物化より、自民党議員の暴言よりも大騒ぎになっている、山尾志桜里議員に対するバッシングの過熱ぶりは異常としか言いようがない。
議員辞職を迫るなどもってのほかだ。一体彼女が何をしたというのか?
本人と相手と目される人物が男女関係=不倫をきっぱり否定しているのにもかかわらず、そこは飛ばして、謝罪させたがる。橋下某に至っては、まず夫に謝れなどと変に道徳的なことを持ち出して説教。自分も脛に傷持つ身だから、その対処法を伝授したつもりらしいが、橋下氏と違い、山尾氏は否定しているのだ。


だいたい離婚協議中、しかも夫の側に非があるのに、わざわざ不貞行為を作り相手に有利にさせるバカはいない。ましてやキャリアでも重要なポイントに入る。離婚の決断も、政治家としての人生にトラブルになるということも理由の一つと聞く。
日本はちょっと、セックス幻想というかセックス至上主義みたいなところがある。
みんながみんな、いや大方の人特に女性は、性に対しての分別があるものだ。女性であるば、それがどれだけ自分の自立した人生にマイナスに働くか理解している。


もし、不倫報道が事実でない場合、スクープとして報じた週刊誌はどう責任を取るのだろうか? 責任云々になれば、不倫”疑惑”を報じたのであくまで疑惑と言い抜けるつもりか? プライバシーを詮索するのは卑しくて嫌なのだが、これだけ人を傷つける結果を生んだスクープに確証があるのかを調べてみたが、決定的と言えることはないように思う。


山尾志桜里議員 不倫疑惑が報じられた弁護士は離婚の相談相手だった? - ライブドアニュース
「Aさんの金銭トラブルが志桜里さんの議員会館事務所に持ち込まれることもあったようです。彼女も最初は夫をかばっていましたが、なかには志桜里さんが全く知らされていない事業もあったりして徐々に不信感を募らせていったんじゃないでしょうか。『夫が何の仕事をしているのか判らない』と大学時代の友人に漏らしたこともありました」(前出・A氏の知人)


「Aさんは離婚を望まなかったそうですが、山尾議員は夫が政治活動の足を引っ張る存在となりつつあったのだから見限るしかなかったのでしょう」(前出・A氏の知人)


山尾氏は離婚協議中であり、相手と目されている弁護士はその相談にのっていた。プライベートの相談であれば、一般のホテルの自室で相談していたとしてもうなずける。山尾氏の立場を鑑みれば、不注意であるが、公の場ではどこで内容が漏れスキャンダルにされるか分かったものではない。


安倍一派や彼らに取り込まれた官僚たちの答弁を見ればわかるが、誰もきっぱり否定しない。記憶によれば、、、などの逃げを打つ。それは後で相反する事実が出てきたら困るという気持ちが働くからだ。


山尾氏はきっぱり否定している。ここを飛ばして”ゲスの勘ぐり”バッシングは卑しすぎる。


その根底に、強くて堂々と男性と渡り合い、成功し、注目を集めている”生意気な女”を謝らせることに快感を感じるルサンチマンが存在すると思う。
ルサンチマン:恨み(の念)ニーチェの用語では、強者に対し仕返しを欲して鬱結した、弱者の心。


かつて、田中真紀子氏が文科相の時、大学に認可を出さなかった事で叩かれ始め、そうなるとここぞとばかり、秘書にアクセサリーを買いに行かせたなど、態度も袋叩きにされていた。これを聞いて、単なるいじめだなぁ思った。男性議員が女性秘書にネクタイを買ってきてくれと頼んでも、誰も非難しないだろう。アメリカでは、秘書に、奥さんの誕生日プレゼント、訪問祭へのギフトなども頼んで当然。ボスが仕事がしやすいように世話をするのが秘書の役目の一つだろう。


ここでも、要は生意気な女を謝らせたいルサンチマンが働いている。


小保方さんへの手のひら返しのバッシングの過熱ぶり、犯罪被害者である詩織さんへの嫌だらせ、中傷メールも然り、たいしたフライングでもない望月貴社の質問に過剰なクレームを出し、安倍様信者にバッシングGoサインを出し、忠実な信者は、望月記者に殺害予告まで送ったという。


女性でなくとも、舛添氏に対するバッシングも過剰と思えた。周りと協調せず、自分の能力を誇示する性格と、安倍氏のようなお家柄のない、苦学生からの成功が、鼻持ちならないと、セコイ、貧乏くさいと叩かれた(公金を私的に使ったことは罪であるが、石原なんかと比べれば小さな勘違いで、石原は叩かれない不条理)。


ニーチェは、”超人を容認できないルサンチマンの社会は劣化してゆく”、というようなことを(記憶だけなので正確ではないが)言っている。


アメリカに来て、この国は超人を認める、超人を引きずる降ろさない国だと感じた。(アメリカ、ではなくNYなのかもしれないが)みんなが同じでいたい日本、吐出した能力の人物をどこかで認めたくない日本。そのくせ、家柄とかに弱く、バックグラウンドでそれを安易に賞賛しまう日本。


日本では”出る杭は打たれる”といい、アメリカでは”きしむ滑車は油をもらえる”という。自分を前に出すことを善とする国と悪とする国の違いは大きい。
(それでも極右のヒラリーバッシングに見られたように、頭の固いマッチョ・ボス猿男と、頭のいい女性を嫌う保守的な女性たちは存在する)


日本に蔓延る、能力のある人のほんの少しのつまずきを、ことさら大きく取り上げ、尊厳までもたたき潰すやり方は、この国を必ずや劣化させる(もうだいぶ劣化している)。
能力のある者を妬み、”能力の劣っている”と認識した者を蔑み、いじめる。


そして最悪なのは、最も責められるべき人間たちに、ルサンチマンを利用され、見当違いのところに怒りを発散させることだ。


山尾志桜里氏は謝らなくていい、もちろん議員辞職などしてはならない。再び国会に立ち、女性の権利擁護のために戦ってほしい。田中真紀子氏は政界に復帰するべきだ、骨太の女性政治家は貴重だ。小保方さんはいつか自分の研究を実らせてほしい。詩織さんは、しっかり守られながら戦ってほしい、望月記者、は全然へこたれてない、ますます頑張ってほしい。


男性が生意気な女を叩くなら、せめて、女性は彼女らのサイドに立ち、応援したい。


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