密接な関係にある他国から

アメリカと日本の社会、文化、日常感覚など、下から目線でつなげてみる。

処理水放出問題を皮肉った風刺画に抗議。風刺も認めることができない文化水準の低い国

最近、茂木敏充外相が厳重抗議した、北斎を下地にした風刺画、非常によくできた作品だ。こうしたものを受け止めてこそ、文化芸術に理解のある文化国家といえよう。

ところが、外務大臣が厳重抗議って、、、このような作品に目くじらを立てて抗議する”国”って、それを恥ずかしいと感じないセンス、もし多くの国民がこの”国”のセンスに同調するようなら、もう日本は末期的だ。


この風刺画はとてもよくできている。もちろんタイムリーであり、中国にも海洋汚染に対する不安があるのだから、こうした風刺を行う権利がある。こういう仕事は日本のアーチストがやってしかるべきだ。 世界的に評価の高い北斎のこの絵を選んだこと、富士を原発の象徴的な煙突(ではないらしい、放射性物質を木略して空中に放出しているというものらしい)上空の雲を、十字架にし(この作者はクリスチャン?)多くの人の死を象徴している。北斎が生きていたら〜というコメントも、日本の偉人への尊敬の念を感じる。


波に翻弄されるボートから、防護服の人々が、海に汚染水を流している。この絵を福島の人々の死をちゃかしている云々で腹をたてるとしたら、絵画的リテラシーの欠如だ。
まあ国としては、痛いところを突かれて(飲んでも平気な水〜そんなの信じられない、半年間麻生さんが毎日飲み続け、何の不調も起こさなけれな、そこそこ信用は得られるかもしれない。ただし数年後に何かの不調が現れるかもしれないが)の抗議にしか見えない。


中国が相手だと、感情的なほどに強くでるのはいつものことだが、この件は自らの芸術への理解のなさを大声で吼えたてるに等しい。フランスでは、一笑に付されている。
とにかに日本の”反日”に対する抗議の神経質さは恥を広めるだけだ。それより米軍の首都圏低空飛行にきちんと抗議したらいい。

【9月13日 AFP】福島第1原発事故の問題を抱える日本が2020年夏季五輪の開催地に選出されたことを風刺する漫画を掲載し、日本側からの怒りを買っている仏週刊紙「カナール・アンシェネ(Le Canard Enchaine)」は12日、「責任をもってこの風刺画を掲載した。いささかも良心に反するところはない」と述べ、日本人にはユーモアのセンスがないと嘆いた。


 問題の漫画の一つは、損壊した原発の前の土俵で3本の腕や脚がある力士が向かい合い、その横でスポーツ解説者が「すごい、福島のおかげで相撲がオリンピック競技になった」とコメントしているもの。もう一つは、プールの前で防護服を着用し放射線測定器を手にした2人が、ウオータースポーツ会場は福島に建設済みだ、と話している。


 これに反発した日本政府は、同紙に対して正式な抗議文書を送付すると表明している。


日本政府は、福島での事故と汚染水の問題は制御できており、五輪には影響しないと繰り返し強調してきた。日本はこれまでにも、海外メディアで報道される意見に対しては敏感な対応を示し、大きな惨劇をもたらした災害が風刺の対象となることに対して怒りをあらわにしてきた。


 菅義偉(Yoshihide Suga)官房長官は記者会見で、「このような風刺画は、東日本大震災で被災した方々の気持ちを傷つける」と述べた上で、「汚染水問題について、誤った印象を与える不適切な報道」とも指摘、同紙に対し日本政府から正式に抗議する構えを明らかにした。


これに対し、同紙のルイマリ・オロー(Louis-Marie Horeau)編集長は、「われわれには悪意のないように思える風刺画」に対する日本からの反応に「ただただ困惑している」として、「ユーモアを表現しているからといって、被災者の皆さんを侮辱していることにはならない。ここ(フランス)では、悲劇に対してはユーモアを持って立ち向かうものだが、どうやら日本ではそうではないようだ」と語った。(c)AFP


そうですよ、オロー編集長。日本の特に右派政治家にはユーモアのセンスがないのです。
演説は怒鳴るしか能がないし、、。特に菅義偉という人は、ユーモアから最も遠い距離にいる人物だ。日本は今、政府に対する攻撃と受け取れるもの(街宣への野次なども)はすべて排除殲滅。いたいけな平和の少女像を、自ら慰安婦像と呼び、クレージーな行動を煽り、愛知トリエンナーレへの補助金差し止めに動く。


東日本大震災での原発事故という、元をただせば人災、自民党&東電の”未必の故意”と言える政府の政策への批判には、”福島の人がかわいそう”、税金ダダ漏れのオリンピック強行は、”選手がかわいそう”、海外派兵され、戦火の中に送り込まれる自衛隊員、かわいそうなのは戦場に送りこまれる方なのに、”憲法に明記されないから自衛隊員がかわいそう”。 
日本国民も、もういい加減、彼らのレトリックに気づいてもいい頃だ。



こんな、言い分は、芸術の国、エスプリの国フランスには通用しない。風刺の殿堂シャルリー・エブドの福島原発事故直後の風刺画を見て欲しい。

放射能で、巨大化した鳥出現、そんなにいい作品ではないけど〜。

ゴジラと原子力、もともとゴジラの発生も放射能への警鐘だった。放尿ってところが
シャルリー・エブド

これは当時タイムリーで見た。震災ショックの只中で、結構どきっとしたが、今見ると、
現在に対する風刺画として、コロナ感染の現状も含め、よくできている。


ただシャルリー・エブドのユーモアには、反発を感じるものもある。銃撃事件まで引き起こしたイスラム教を侮辱した一連の表現は押し寄せる移民への脅威や反発からくるのだとしたら風刺の立ち位置がずれている。、難民の少年が海岸に打ち上げられ世界にショックを与えたことを取り上げ、もし彼が生きていたら、強姦犯のなっていたと喩やするものが象徴的だ。差別助長、弱いものいじりの意地悪さしか感じない。ここがユーモア・風刺の難しいところだ。 すぐ下ネタで落とすところも、幼稚かな(おお、芸術・エスプリの国に物申してしまう)笑いには、その人の文化水準が出ると言われている。


ニューヨーカー誌も事故当時の表紙に、桜の木イラスト、花びらが2枚ちり、3枚の花びらが原発マークになっているものが掲載された。

これには唸った。うまい!!!背景の不気味な影も、津波の恐怖?事故で崩れる原子炉施設にも見えるし、日本の未来への不安を表現している。


こうして紹介してみると、この中国の風刺は高度なセンスで日本の芸術への尊敬の念も現れていることがわからないだろうか。何より被災者・被害者を標的にしていないことがわかると思う。(大きな画像が手に入らなくて残念だが)


ところで、こんなニュースも。

政法委の公式国内向けアカウントは1日、「中国の点火VSインドの点火」との題で、先月の中国初の宇宙ステーション打ち上げの写真と、インドの屋外で、防護服姿の人が遺体を火葬しているとみられる写真を並べて掲載。コロナ制圧に成功した中国の発展と、インドの悲惨な現状を対比する意図とみられる。
ウェイボ上では投稿に対し、「事実関係を示しただけ」と擁護する声もある一方で、「(紛争で)インドは中国の兵士を傷つけたが、一般庶民の死を冒瀆ぼうとくしてはいけない」「国と国との問題ではなく、人間性の問題だ」などと批判的な声も多い。



他人を貶めての自画自賛はみっともない。特に感染症で加増が居着かない死者を出している国に対して、
これにユーモアなどかけらもない。”点火”で繋げた幼稚で知性にかけたもの。人命軽視と
中国国内からも激しい非難が。

香港(CNN) 宇宙ステーション建設を目指して初のモジュール打ち上げを成功させた中国で、火を噴くロケットの写真と遺体を火葬するインドの写真を並べてインドのコロナ禍をあざけるような投稿が中国共産党に関係するSNSのアカウントに掲載された。これに対して中国国内のユーザーから非難が殺到し、問題の投稿は削除された。
中国の大手SNS「微博(ウェイボー)」に掲載された問題の投稿では、中国の大型ロケット「長征5号B」の打ち上げ写真とインドで遺体が火葬される写真を並べ、「中国点火VS印度点火」という一文と、インドで新型コロナウイルスの1日の症例数が40万を超えたという内容のハッシュタグが添えられていた。


この写真が掲載されたのは、中国共産党の中央政法委員会に関係するアカウントで、警察や自治体など複数のアカウントが問題の写真を共有していた。(在日本中国大使館も)


中国では国境紛争を発端としてインドに対する反感が強まっているが、今回の投稿には中国人ユーザーの多くがショックを受けた様子だった。コメントには「こんなものが政府のアカウントに掲載されたなんて信じられない。国家のプライドを強調するためになぜ他者の苦しみを利用する必要があるのか」なぜこれが(検閲で)認められるのか。完全な人命軽視だ」といった声が相次いでいる。



中国紙「環球時報」の編集長も、「中国の公式機関など有力機関のソーシャルメディアアカウントが現在のインドをあざけることは、適切とは思わない」と投稿を批判した。



中国の習近平(シーチンピン)国家主席はこの数日前に、インドのナレンドラ・モディ首相に哀悼の意を表していた。



中国が関係するアカウントでは、愛国主義の高揚を図ろうとする投稿が無神経として問題になるケースが相次いでいる。
趙報道官の発信は玉石混交だ。中国がやると、なんでも目を三角にする日本は別にして、今人権問題では国際社会で四面楚歌、それを跳ね除けようと躍起になって色々やるけれど、それは返って、中国の民度が低いと思われてしまうことを自覚して自重すべきだ。
中国の国民はきちんとした批判精神をもっている。ウルグイなどの少数民族に対してはどう思っているのかはわからないが、全般的に、共産党に従うふりをして彼らへの批判を展開する(抗日デモという体裁で、共産党への批判を叫んだりしている)


先週は中国外務省の趙立堅報道官が、日本の浮世絵に手を加えて東京電力福島第1原子力発電所の処理水放出を非難する画像をツイッターに投稿した。この投稿は日本文化に対する侮辱として批判され、日本の外務省が即座に抗議した。
(繰り返すが、北斎の傑作をとてもうまく使っている。日本文化に対する尊敬があると思うけど、、これ別に趙報道官が作ったものでもないでしょう。中国では、風刺アートが盛んである(毛沢東ネタとか、コラージュとかすごく笑えるしセンスがある)日本政府が他の周辺国との話し合いも持たず、汚染水を海洋投棄する姿勢こそ、抗議されて当たり前。日本文化に対する攻撃にすり替えるな!!と言いたい。


趙報道官は昨年も、オーストラリアの兵士がアフガニスタンの子どもの喉をかき切ろうとしているかのように加工した画像をツイッターに投稿し、オーストラリアが強く非難していた。
これは酷い。シャルリー・エブドもそうだが、子供の死を使うのは、ルール違反だ。



今年1月には在米中国大使館が、新疆ウイグル自治区で強制不妊手術が行われているという訴えを否定する中で、ウイグル人女性は過激派から「解放」され、もはや「赤ちゃん製造マシン」ではなくなったとツイッターに投稿した。この投稿は後にツイッターによって削除された。
これも論外。自分たちで不妊手術を無理やりしておきながら(無理やり漢民族と結婚というのもある)、どの口が言う!!だ。
問題は、何でもかんでも、国のプロパガンダに利用してしまう中国外務省の趙立堅報道官が相当困ったちゃんであるということだ。彼のセンスは自民党のおバカなウヨ議員レベルだ。


アメリカを皮肉るこの風刺画は、風刺として成立していると思う。アメリカ人のD さんは、中国のプロパガンダだときって捨てたけど、これはアリだと思う。

【北京共同】東京の中国大使館が4月29日、公式ツイッターで米国を死に神になぞらえてやゆする画像を投稿、批判を受けて1日までに削除された。
 ツイートは「米国が『民主』を持って来たら、こうなります」とのタイトルで、星条旗を身につけた死に神がイラクやリビア、シリアの扉を開いて流血させる画像を投稿。「下劣」「大使館がやることですか」といった批判が相次いだ。
 以前、中国を批判する風刺画として中国の国旗をつけた死に神が新疆ウイグル自治区、チベット自治区、香港の扉を開く類似の画像がインターネット上に投稿されたことがあり、その焼き直しとみられる。

現在アメリカの中国大使館は、ツイッター凍結されているようなので仕方なく日本大使館?このくらいで、怒りのツイートが押し寄る日本の方が危険な感じがする。


こういう表現に、アメリカなら批判は出ない(批判しそうなトランプな人たちは、こういうものは目に届かない)逆に面白がる(ただ今、トランプが火をつけた、アジア系ヘイトが燃え広がっている。以前から中国にナーバスなアメリカ人は結構多いので、以前のような寛容さはないかもしれない。それでもこのくらいでは怒り狂ったり、国から厳重抗議したりはしない)。


前にも例に出したが、日本の著名なアーチストの、マンハッタンが火の海になり、零戦が無限八の字で飛ぶ作品を、ホイットニー美術館が展示した。アメリカの表現の自由と、芸術の批判性を評価する精神を見た思いがした。



個人の方のサイト?この展覧会におけるホイットニーのステイトメントとその日本語訳が見られます。


美術館がこの作品を選んで展示した、展覧会のタイトルは『American Effect〜アメリカン・エフェクト アメリカ合衆国に対するグローバルな見取図1990-2003』Effectは、作用して起きた結果、影響というような意味合い。アメリカの現代社会、歴史について、鋭い批判、風刺の作品が並んだ。そういう意味では、この作品も展示可能性あり。そういうキャパセティーこそ、文化的民主国家証左だ。


社会への批判は、芸術の一翼であり、風刺画は、重要な位置を占める。
ただ、政府がこれをプロパガンダに利用するというのは、いただけない。中国は(今や日本も)芸術も国家が検閲しているんだから無理もないが、しかし、多くの中国のアーチストたちは戦っている。


日本では、あまりに人々が、攻撃的なもの、エッジなものを排除し、おとなしいお行儀良い表現を要求しすぎる気がする。丁寧な言葉の#が今や定番である(これはいいけれど。それが声を上げやすい方法なら、共感を示しやすいならどんどんやるべきだが、)


随分前になるが、善意でバラを川沿いに植えた人を、子供が怪我をするからと訴えられ、バラは刈り取られたというニュースを、聞いたが、これが日本市民社会の象徴と思えた。
美しいバラに棘があると知らない子供、危険を察知する能力に欠ける子供を育てることが、彼らを守ることと考える親同士のネットワークが雁字搦めの社会を作る。
それに、自分の理解範囲を超えた行動をする人間を排除、悪平等の押し付けも同根と思う。
(これはまさにルサンチマン社会、ツァラトゥストラの出現を認めない社会はエネルギーを失い聚落する、とニーチェが言ったその通りの社会になって行こうとしているように見える。〜西研氏著:『実存からの冒険』からの受け売りですが)

実存からの冒険 (ちくま学芸文庫)
実存からの冒険 (ちくま学芸文庫)
筑摩書房



ともあれ、コロナ下でギスギスしがちな社会を和らげるのは、ユーモアと、他人を認める寛容さ、そして、政権交代、しかない。


PVアクセスランキング にほんブログ村
ランキングに参加しています。宜しかったら、両方を
クリックしていただけると嬉しいです。

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ