密接な関係にある他国から

アメリカと日本の社会、文化、日常感覚など、下から目線でつなげてみる。

大阪選手CM、アニメなんだから、、シンプソンズに誰かクレームした?

大阪選手をアニメでキャラクタライズさせた日清のCMが国内外で非難を浴びている。
確かに、色白に表現されているけれど、これを"Whitwashing"と同列に論じるのは、大げさでいささか過剰反応だろう。だいたい、アメリカのコミックスやカトゥーンは日本よりリアリスティックで、人種による特徴を明白に表現して描かれている(かあるいは、もう架空の肌の色とかありえないようなもの、単純化・ディフォルメ)


そうでなくても、日本のコミックアーチストは、人の書き分けが苦手?(特に女性の読者層のものは)でみんな同じ顔になってしまうので、髪型と髪の色でかろうじて判別のようなこともよく起こる。それは、人種差や個性が、それほどアイデンティティーとして重要視されない日本社会、というか、そういうものがない方がいい日本社会の傾向の反映かもしれないとさえ思う。


日清のCMが日本国内だけでなくアメリカでも使われるなら、アメリカでの有色人種のニューヒロインの肌の表現についてナーバス(ヒステリック)になる人がいて、その人たちが日清のインスタントラーメンやカツプヌードルのお客さんであるのなら、取り下げげるべきだろう。何しろCMはお客さんのためのものだから。


でも、あくまでアニメなのだ。日本でも放映されているザ・シンプソンズの人々は
黄色の肌で、しかも4本指だ。日本はこれについて、遺憾の意をFOXに表明しただろうか?(アメリカのカートゥーンは概ね4本指のようだ。アメリカ側からしたら、差別とかそんな意図は全くない。黄色い肌は、日本人をイエローと呼ぶ差別用語があったのだから、こじつければ怒りを表明できるかもしれない)ともあれ、大阪選手も、日本人とジャマイカ人-<ハイチの間違えでした>(アフリカ系〜アフリカから奴隷として運ばれた一部の人々がその地域で使用された。)に手を引っ張られて、名誉にされたり希望にされたり、大変だ。


彼女は淡々と自分の道を歩いてきて、これからもそうしてゆくのだろう。プレーの強気と不動心と比べ、素に戻るとナイーフすぎるくらいな、未だ年若い女性だ。
スターの性とはいえ、ファンなら、彼女を彼女として応援し、属性で私物化すべきではないと思う。


NYtimsも、軽くMntionした程度だ。文化的喩や、チョット突っついたって程度だ。
以下Daniel Victer氏による NYtims原文と拙訳
Naomi Osaka, the half-Haitian, half-Japanese tennis champion, is the star of a new Japanese anime-style advertisement.


The problem? The cartoon Ms. Osaka bears little resemblance to her real, biracial self.
問題発生? このアニメでの大阪さんは、2つの人種間に生まれた彼女自身に、ほとんど似ていない。
Her skin was unmistakably lightened, and her hair style changed — a depiction that has prompted criticism in Japan, where she has challenged a longstanding sense of cultural and racial homogeneity.
彼女の肌は紛れもなく明るくなり、そして彼女の髪型は変わった この彼女の描写は文化的および人種的同質性に対する長年の感覚に挑戦してきた日本での批判を引き起こした。


The ad — unveiled this month by Nissin, one of the world’s largest instant-noodle brands — features Ms. Osaka and Kei Nishikori, Japan’s top-ranked male tennis player, in a cartoon drawn by Takeshi Konomi, a well-known manga artist whose series “The Prince of Tennis” is popular in Japan.


批判、意見と、とれるのは大体3行。それも、長年単一民族国家(少なくともアジア系がほとんどを占める国家)であった日本がこの問題において、新たなセンスを示した。というお褒めのお言葉?とも受け取れる。NYtimesに書かれちゃった日本の不見識、でもなんでもない。前に問題になった、顔を黒く塗るというのは、実際にそうした行為がアフリカ系をバカにして笑う行為としてハリウッドで番組化されたきた歴史があり、そういう行為を繰り返さないという意識があるので、それは、アメリカへ差別とその改善の抵抗歴史に敬意を払って、やってはならないと日本人も認識するべきだろう。


でも、今回の非難は、Daniel氏の指摘のように、日本は単一民族国家から、国際的な意識に目覚めたゆえの自発的論争というより、NYtimsに書かれたから、という本末転倒のものが大きいような気もする。今やアメリカ国内でより話題になってしまったがゆえに、IMG USAが削除を求めたのも、これがアメリカで広がると日本とは別物の様相を呈するからだろうと思われる。


そもそもアメリカでこのことが広まったのは、The Japan Timesらしい、
19日に「大坂がホワイトウォッシュされている表現を見た」とコラム記事を載せたようだ。このコラムを書いた、Baye McNail氏はアフリカ系だ。日本にしばらく住んでいたことがあるようだ。異邦人である自分の日本社会への違和感など、興味深い記事を書いている。しかしそれでも、彼は多分日本のアニメ、コミック作家が人の書き分けが苦手(特に女性読者層のものは)であり、また大きく特徴を誇張するのは無礼に当たるという意識があることには、詳しくないだろうと思う。肌の色より薄い髪の色で表現すると、日本国内では、ガングロのように見えてしまうかも。よほどの意図がない限り、個性派薄めて表現する、直面を嫌う日本人の臆病さと、ホワイトウォッシュは結びつかない。


しかし、これからますます国際化するネット社会では、単一民族箱入り国家も、自分たちだけのセンスで、阿吽の呼吸、空気読んでいればいいというわけにはいかない。これからは、こうした文化的タブーのチェックを担当する人間が必要になるだろう(ちなみにアフリカ系の人たちは、インスタントラーメン・カップラーメンが大好きな人が多い。となれば、削除は妥当かもしれない。)



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