密接な関係にある他国から

アメリカと日本の社会、文化、日常感覚など、下から目線でつなげてみる。

骨抜き”同一賃金同一労働”「他の先進国ではあり得ない」ような人間の自然な心理に背いたマネジメント

捏造データーによって裁量労働制の拡大は取り下げられた翌日、”正規と非正規の理由なき格差をなくす!!”と1日参議院において勇ましく答弁する安倍総理。しかし、掛け声の素晴らしさとは裏腹に法案の中身はそうではなさそうだ。


一般国民は総理の口当たりのいい答弁掛け声を聞いて、法案もそのとうりになっているんだろうと信じるだけで、実際に検証などしない。その辺は野党がやってくれる?しかし、いくら野党が頑張っても、内閣が飛ぶくらいの不備が起こらない限り、強行採決で押し切られ、メディアもよほど大問題でなけらば報じない。


こちらの冷泉彰彦氏のコラムを読んでみると、なるほど、掛け声はトリックの上に立脚した飾り言葉でしかないことがわかる。

<他の先進国ではあり得ないような日本の硬直化した勤務体系が国際競争力を阻害しているのに、今回の働き方改革法案にはその認識が足りなすぎる>


問題になっていた裁量労働制の拡大については、安倍総理は見送る判断をしたようです。


判断としては妥当だと思いますが、追及した野党の側にしても「データの信ぴょう性」という点だけでの「攻撃」に終わりました。結局のところ、「終身雇用制のヒエラルキー」があり「一人一人の職務分掌」がオーバーラップしている日本では、労働者に「時間の裁量権がない」のだから「裁量労働制」を無制限に拡大してはダメだという本質的な議論は、十分にされていないようです。


実際2日の小池議員は高度プロフェッショナル制度の質疑の中で、この日本の実際の雇用者と労働者の関係によって、政府が言っている裁量が労働者側ではなく雇用者側からのものになってゆくという問題を指摘している。


では、他の部分についてはどうなのかというと、現在の法案にもまだまだ問題があると思います。


一番の問題は「同一労働、同一賃金」という部分です。


現在の法案(厚労省による適用ガイドラインも含めたもの)では、確かに「非正規労働」と「派遣労働」については「同一労働、同一賃金」を実現しようという内容になっています。ところが、「正社員」と「非正規・派遣」の間にある差については、改革が「骨抜き」にされ、ほとんど改善されません。


厚労省の示しているガイドラインによれば、次のような判断基準が適用されることになっています。まず次の(1)のような例は「問題ない」とされています。


「(1)基本給について労働者の職業経験・能力に応じて支給しているA社において、ある職業能力の向上のための特殊なキャリアコースを設定している。無期雇用フルタイム労働者であるXは、このキャリアコースを選択し、その結果としてその職業能力を習得した。これに対し、パートタイム労働者であるYは、その職業能力を習得していない。A社は、その職業能力に応じた支給をXには行い、Yには行っていない。」


また(2)では、同じ仕事ではなく、アドバイスをする、受けるという関係が逆転している場合になりますが、これも「問題ない」のだそうです。


「(2)B社においては、定期的に職務内容や勤務地変更がある無期雇用フルタイム労働者の総合職であるXは、管理職となるためのキャリアコースの一環として、新卒採用後の数年間、店舗等において、職務内容と配置に変更のないパートタイム労働者であるYのアドバイスを受けながらYと同様の定型的な仕事に従事している。B社はXに対し、キャリアコースの一環として従事させている定型的な業務における職業経験・能力に応じることなく、Yに比べ高額の基本給を支給している。」


要するに、正社員という身分制は全く変更する意志はないという前提で、「同じ仕事をしているのに給与が違う」とか「自分の方が教える立場なのに自分は非正規で相手は正社員で、処遇が全く違う」という、人々の自尊心を踏みにじるような運用について「改革をするつもりはない」ということなのです。


まず(1)のケースですが、「特殊なキャリアコース」で「職業能力」を獲得したXは、その能力を活かして「職業能力」を獲得していないYよりも高いパフォーマンス、つまり営業成績とか開発の質量、あるいは作業のスピードと正確度といった「結果」を出しているのであればいいと思います。ですが、そうではなくて、仕事の結果は同じか逆転していても、一方が「特殊なキャリアコース」に属していたら、それで給与に差をつけても構わないというのです。


さらに(2)のケースですが、まず「総合職」が「店舗での定型的な仕事」を「数年間」従事するというのが問題です。作業の内容が全く「定型的」であり、しかもその作業について熟練しているパートタイムの「アドバイス」を受けるというのが、本当に研修の一環として数日というのであれば、教える側も「色々と勉強させられて正社員は大変だ」ぐらいに思うでしょう。ですが、その逆転現象が「数年間」も許されるというのでは、これは身分制と言われても仕方がありません。


その数年間に、総合職に「安全管理の責任」であるとか「営業成績向上へのリーダーシップ」などが求められ、また総合職はそれに相応しい言動と実質的な店舗の経営責任を負うのであればともかく、パートタイマーにアドバイスを受けながら、全く「定型的」な作業を「数年間」というのは、ダメだと思います。


問題はどこにあるのでしょうか? まず、管理職候補だという「将来の出世」を人質に取って、総合職とか正社員には無茶な長時間労働を強いる風土があるわけです。一方で立派なスキルがあり成果を出していながら、「転勤ができない」とか「長時間労働ができない」というだけの理由で「非正規」の安い賃金で使われる人々がいます。そのような「他の先進国ではあり得ない」ような人間の自然な心理に背いたマネジメントをしている、そこに日本の「働き方」の問題があるのだと思います。


少子化や母子家庭の貧困もこの問題に関係しています。さらに言えば、このような「硬直化した非人間的な制度」を続けているために、人材の成長が阻害され、労働力が疲弊し、現場の生産性も、そして全体としての国際競争力も毀損されているのではないでしょうか。現在進められている「改革」には、そのような厳しい認識が足りなすぎると思うのです。



裁量労働の問題で現在進んでいる「働き方改革」の内容見直しに加えて、この「同一労働、同一賃金」が「骨抜き」にされている問題も、あらためて議論を再開するべきです。


まあまともに働いたことがない総理や財務大臣にこうした、職場のきび、無言の圧力、人々の自尊心を踏みにじるような運用などわかるわけもなく、彼らにとっては全く実感のないこれらの問題は、問題ですらないのだ。


彼らも、数日間の店舗営業、介護保育体験でもしてみたらいいと思う。それでも忖度で固められて、何も学べないか、、。せめて、下野して落選して浪人して、もう一度国民の生活に興味を持ち声に耳を傾ければ、、、いや加計学園で名誉教授してゴルフとワインと悪巧みか、、、、。救いようのない人たちだ、いや救われないのは国民の方か?



PVアクセスランキング にほんブログ村

ランキングに参加しています。
宜しかったら、両方をクリックしていただけると嬉しいです。

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

にほんブログ村 政治ブログ 政治・社会問題へ
にほんブログ村

人気ブログランキングへ