密接な関係にある他国から

アメリカと日本の社会、文化、日常感覚など、下から目線でつなげてみる。

日本の恥、百田尚樹氏の外国人記者クラブ、トンデモ会見

なぜ外国人記者クラブが、百田氏を呼んだのか??興味を惹かれて全録の動画をみてみたのだが、、。どうやら一橋大学が百田氏に依頼した講演をキャンセルした問題に興味を持ったようだ。


はじめは抑えめに、インテリ風に構えていた百田氏だが、どうも自分を抑えることが難しい人らしく、徐々に、日本はもとより、海外ならなおさら受け入れられないトンデモ論を開陳。


安倍総理への秋葉原やめろコールでも、メディア編集陰謀論を、外国人だから信じるだろうとでも思ったのか(そういうトンデモな認識がそこかしこにある)見事にファクトのない意見を開陳し、秋葉原の現場にいたというジャーナリスト田中龍作氏の実際現場を見たのかという質問に、現場にいたわけではないことを認め、ただの感情的私感だったことを露呈した。会場から度々失笑が漏れるのだが、百田氏がその理由を理解していないのであれば、とてつもなく鈍感と言わざるをえない。



作家・百田尚樹氏が外国特派員協会で会見(2017年7月4日)


アメリカでもこの一橋大学と同じようなことが、名門カルフォルニア・バークレー校で起きた。一橋大では1万人の講演反対署名があったことにより中止となったようだが、アメリカは保守派共和党の予備軍「バークレー校共和党クラブ」によって、右翼ニュースサイト「ブライトバート・ニュース」編集幹部マイロ・ヤノプルス氏の講演が企画され、これをめぐって紛争にまで発展した。

マイロ・ヤノプルスはオルタナ右翼のアイドルで、スティーブ・バノンの後継者。ちょっとした美青年の容姿と奇抜なファッション、攻撃的でヘイトや差別を先導することで有名。 SNS上で人種差別的な発言を繰り返し、ユーザーを煽って挑発する「荒らし」としても知られ、Twitterから永久追放された人物だ。


ヤノプルス氏の講演に反対するデモ隊の抗議は1日夜にヒートアップし、大学警察が構内を閉鎖する事態となった。このことは、『表現の自由に対する義務と、多様性、寛容との間のバランスをとることの難しさ』を象徴した。


バークレー校は校内での政治活動を制限していた大学の規則に反対した学生が1964年に始めた学生主導の「フリー・スピーチ(言論の自由)運動」の精神を重んじる大学だ。
企画者・大学側・反対者 三者の声明は以下の通り


「バークレー校共和党クラブ」メンバー声明、「抗議デモ参加者が言論の自由を保障した合衆国憲法修正第一項を踏みにじった」「フリースピーチ運動は死んだ。今日、バークレー校共和党クラブが持つ、言論の自由を定めた憲法上の権利は、マイロ・ヤノプルスの講演ツアー阻止を目論んだ犯罪者たちと悪党どもに口封じされた」
「文明社会と、アメリカ中の大学キャンパスでの自由な意見交換を打倒することが、彼らにとっての成功なのだ」


ニコラス・ダークス学長は講演の中止を求め学生と大学職員の声を受け、「ヤノプルス氏の発言内容を理由に中止するのは憲法に反する」「バークレー校で彼のような人物が講演をするのは、ヤノプルス氏が初めてではないし、彼で最後になるわけでもない」「ヤノプルス氏は、ある意味『楽しませる』ため、そして考え方がシリアスになりすぎるのを避けるために不快な言動を利用する煽り屋であり、扇動家なのだというのが、我々の見解だ」と声明を出していた。


バークレー校の職員や学生批評家は、ヤノプルス氏は学業の場で話すにはあまりにも知的な議論に欠けていて、ジョーンズへの攻撃など、彼の嫌がらせの行動は、言論の自由に値する有意義なものではない


「ヤノプルス氏は、アメリカの憲法第1条によって守られていますが、彼は意図的に社会から取り残された声をおびき寄せ、それを攻撃対象にし、自分のファンの前で怒りを煽っているのです」と、学生新聞「デイリー・カリフォルニアン」の編集者は語った。


「ヤノプルス氏を招待したバークレー校共和党クラブは、言論の自由やオープンな話し合いを守ることに貢献しているクラブではありません。ヘイトスピーチを正当化するだけでなく、笑いの種にし、その結果起こるダメージからは責任逃れをするための言い訳として、言論の自由を隠れ蓑にしたクラブなのです」


アメリカにおける大学は、知の育成、発信の場である。この3社の意見は日本における言論の自由を考察する上で参考になる。


話を百田氏に戻すと、いきなり知性のレベルがグンと下がる。とはいえ、アメリカでも現在の大統領が似たり寄ったりではあるのが悲しい。


百田氏といい安倍首相といい、記憶力とか、認識力とか、倫理観とかそういうものがどこかで大きく破損しているのではないか?と疑われる。そうでなければ平気ですぐバレる嘘をつく、根拠も確証もない嘘を垂れ流せるはずがない。


リテラが百田氏の会見での言い分の嘘を挙げ連ねているが、その中で、特に偽善的(と呼んでいいのか?)にすり替えている部分を抜粋した。



<記事抜粋>
しかも、このトンデモ作家は、この会見でまったく逆に、「言論の自由」を制限することを正当化するような主張も展開していたのだ。


外国人記者らの質問に対し、百田センセイは「日本の報道陣が政府に気を使って自粛ということはまったくありません」「日本のメディアぐらい偏向メディアはありません。とくにテレビがひどいです。世界各国のテレビと比べることはできませんけども」「日本のテレビは反日です!」などと、妄言を連発。さらには、こんなことまで言って、放送局に圧力をかける政治権力に対する“共感”を示してみせた。


「政府を弁護するコメンテーター、文化人は日本のテレビにはまず呼ばれません。これが日本のテレビの現状です。ですから、日本の与党政治家がときおり頭にきて、メディア批判をする気持ちは理解できます」


さらに百田は、国連の報告で日本における報道の自由が危機に瀕していると指摘されているとの質問に対して、「実は、日本における反政府活動、あるいは反日文化人、ジャーナリスト、こういう人たちは長年、20年も30年も前から国連を利用してきました」なる陰謀論で返答、あまつさえ高市早苗総務相の「電波停止」発言まで擁護する始末だった。


こんなことよく恥ずかしげもなく海外から日本に駐在しているジャーナリストに言えるよなぁ。会見全部がこの調子で、外国人記者もあきれかえったことだろうが、こういう機会に日本版『トランプな人』代表を目の当たりにする貴重な体験だろう。完全に常軌を逸している『シンゾーな人たち』は、わざわざ海外で歴史修正主義啓蒙活動を行い、自分たちの主張は受け入れられるとなぜか思っていたりする、その認識が、呆れ果てる(実際は真逆の効果しかないのだが)。


それから、会見を見ただけではわからなかった部分、百田氏の「朝日新聞社長半殺しにする」発言の背景を、リテラ記事より補足


(百田氏のツイート)〈昔、朝日新聞は、「北朝鮮からミサイルが日本に落ちても、一発だけなら誤射かもしれない」と書いた。信じられないかもしれないが、これは本当だ。
 今回、もし日本に北朝鮮のミサイルが落ちた時、「誤射かもしれない」と書いたら、社長を半殺しにしてやるつもりだ。〉(現在は削除)
 

これについて、朝日記者が、いまでも認識に変わりはないのか等の質問をした。すると、百田はこう返答したのだった。
「かつて朝日新聞が北朝鮮がミサイルを開発したときに、朝日新聞が自社の新聞で、自分でクエッション出して、自分でアンサー出す記事を書きました。質問はこういう質問です。『もし日本に北朝鮮のミサイルが打ち込まれたらどうするか』という質問です。このとき朝日新聞が自らこう答えています。『そのミサイルが一発だけなら誤射かもしれない』。で、これがたぶん、ちょっと覚えてませんけど、1990年代の朝日新聞の記事です」
 

実は、この百田センセイの“朝日新聞は「北朝鮮からミサイルが日本に落ちても、一発だけなら誤射かもしれない」と書いた”との主張がそもそも事実ではない。
 

おそらく、百田センセイは朝日新聞2002年4月20日付の記事「「武力攻撃事態」って何」のことを言いたいのだろう。これは当時の小泉政権による有事関連3法案に関するQ&A方式の記事で、「武力攻撃事態」に関連し、〈戦争とは違うの〉〈「おそれ」と「予測」はどう違うの〉〈そもそも武力攻撃事態かどうか、だれが判断するの〉などの計11の質問のひとつして、こんなやりとりがされている。
〈Qミサイルが飛んできたら? A武力攻撃事態ということになるだろうけど、1発だけなら、誤射かもしれない。〉


「北朝鮮」という国名が一切出てこないが、それも当たり前で、ここで書かれているのは政府が説明する「武力攻撃事態」において発射意図の有無や目的の判断は恣意的にならざるをえないという一般論であり、そもそもこのQ&A自体が「武力攻撃事態」の定義の曖昧性を解説する記事だったのだ。


ところが、百田センセイは自分の捏造は全く棚にあげて、こう続けた。
「そして今年の4月に北朝鮮の非常に緊迫した状況がありました。北朝鮮がもしかしたら日本に核ミサイルを撃つかもしれないという、こういう危険な状況になりました。それで私はツイッターにこう書きました。『もし日本に核ミサイルが打ち込まれて、このとき朝日新聞が「一発だけなら誤射かもしれない」と言えば、私は朝日新聞の社長を半殺しにする』と」そして、朝日記者を名指しして「なんか文句ありますか?」と言い放った。
 
幸い、通訳は”半殺し”をうまく訳せなかった(あるいはためらった)しかし日本語の解かる記者たちは彼の発言に、かつて水俣病患者実情をを写真に収めたアメリカの写真家ユージン・スミスが受けた、企業の雇った”YAKUZA”による暴行、まさに”半殺し”を想起された頃だろう。氏はこの暴行以降終生歩行困難、視覚の障害を負った。私は日本にいた頃には、このことを知らなくて、Dさんから彼の写真集を見せてもらい初めて知った。 


弱者のために、真実を伝えるために、戦う人間を”半殺し”にすることが自分の正義だと思っている人々がいる。現在では、とくに”YAKUZA" や”右翼団体”ではない、普通の人たちが、匿名をいいことに集団で言葉による半殺しを行っている現状はとても悲しいことだ。


水俣に関するユージン・スミスの経緯(BY Wiki)
1970年、アイリーン・美緒子・スミスと結婚。ともに、チッソが引き起こした水俣病の汚染の実態を写真に撮り、実際に座り込みなどにも参加するなど、世界にその悲劇を伝えた。
1972年1月、千葉県市原市五井にあるチッソの工場を訪問した際に、交渉に来た患者や新聞記者たち約20名が会社側の雇った右翼に取り囲まれ、暴行を受ける事件が発生する。スミスもカメラを壊された上、脊椎を折られ片目失明の重傷を負う。この事件でスミスは「患者さんたちの怒りや苦しみ、そして悔しさを自分のものとして感じられるようになった」と自らの苦しみを語った。その後『ライフ』1972年6月2日号に「排水管からたれながされる死」を発表し、大きな反響を得た。 スミスの元で助手をしていた森枝卓士も水俣病の取材中に右翼から暴行を受けている。


こういう人たちがいたことを思って、どれほど微力でも、日本を正常に戻すために発信をしなくてはいけないと、改めて思う。


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