密接な関係にある他国から

アメリカと日本の社会、文化、日常感覚など、下から目線でつなげてみる。

秀逸な日本右傾化分析記事のご紹介

前の記事に関連し、日本の国際社会への、ピント外れな強気、右傾化、ネトウヨ分析で、シカゴ大学山口一男氏による、秀逸なブログ記事をご紹介します。

筆者の前記事「大阪市の決定の反国際性―サンフランシスコ市との姉妹関係解消の意味について」にフェイスブックでの「いいね」の反応も大変多かったようだが、いわゆる「ネトウヨ」の反発も多く、筆者は「反日」「左翼」「売国奴」「パヨク(馬鹿な左翼という意味の侮蔑語)」「アメリカのスパイ」などといいようにののしられた。ヘイトスピーチが実に多く、ネット言論の劣悪さを自ら体験することになった。また筆者の意見にツイートで賛意を示して同様な被害を被った方々もおられるようで、その点は大変申し訳なく思っている。


今回の記事の目的は①前回の記事の意図の追加説明と②「ネトウヨ」の論理と心理についてである。これらは、前回の記事に対するウェブへの反応に対しての、筆者が考えたことを多くの読者と共有したいという意図である。長文になるが、読んでいただければ幸いである。


1.前回の記事への追加説明


前回の記事の目的は①なぜ大阪市―サンフランシスコ市の姉妹都市関係の解消が日本にとって国際関係上極めて望ましくないものであったのか、という点と、②なぜ、大阪市の抗議は不適切であるとサンフランシスコ市も筆者も考えたのか、を説明しようというものであった。


1.大阪市―サンフランシスコ市の姉妹都市関係の解消のコストについて
一般に国際間の広義での友好関係は、日米安保条約のような国と国の関係だけでなく、自治体と自治体、企業と企業、大学と大学、文化やスポーツなどの団体と団体、そして個人と個人の間に作られる。それらを通じて国民と国民の間に信頼関係が直接的および間接的に生まれるのである。そういった信頼関係の有無は、何か国際関係にひびが入ったときに、それを乗り越えられるか否かを大きく作用する。したがって、組織間などの国際関係は、多いに越したことはない。もちろん、自治体の姉妹都市関係や大学間の国際的交流協定などの中には、実質的に形骸化して機能しないものもある。しかし形が残っていれば、将来双方にその友好関係を生かそうとする人材が出れば有益なものに活性化もできるのである。だから、60年もの伝統のある大阪市―サンフランシスコ市間の姉妹都市関係の解消は、サンフランシスコ市の魅力を考えると、大阪市だけでなく、日本にとってもマイナスではないかというのが一つの理由である。


第二の理由は大阪市の関係解消の理由が米国で日本に対する大きな負のイメージを与えたことである。サンフランシスコの市民だけでなく、特に知日派・親日派の米国人に対してである。今仮に日本人に「あなたは個人的に信頼関係のあるアメリカ人が何人いますか?」、米国人に「あなたは個人的に信頼関係のある日本人が何人いますか?」と聞いたとしよう。単に個人的に知っているというのではなく、お互いに相手を信頼できると考えている人間関係である。容易に想像できるだろうが、大多数の答えは0である。一方ごく少数の、そのような関係を多数持つ人たちがいて、その中には例えば日本人の米国研究者や、米国人の日本研究者が含まれる。それらの少数の人たちの個人間の国際的信頼関係は、国と国との安全保障同盟などとは別に、二国間の安定的友好関係に重要な役割を果たす。


2015年に187人の米国の日本研究にたずさわる社会科学者(政治学者、歴史学者が多い)が、慰安婦問題に関し声明を発表した。筆者はその187人の一人ではないが内容には強く同意している。原文はウェブでも読めるが、非常に公平に書かれている。不確実なことは何一つ決め付けておらず、また慰安婦問題は日本だけでなく、韓国でも中国でも、ナショナリストたちによってゆがめられて来たとし、特定の国の「主流意見」を擁護する姿勢は皆無である。しかし、旧日本軍の慰安婦制度が、「犠牲者の数が何万人であれ、何十万人であれ」女性への重大な人権侵害を生んだ「非人道的な」制度であったことは間違いがないとしている。また安倍首相が米国議会において「日本は人権を守るという普遍的な価値を尊び、日本がかって他の国々を苦しめたことに向き合う」と声明したことに強い賛同の意を示し、これらの言葉を大胆に実現することを希望するとしている。


これらの187人は(少数の日本人で米国で教える学者を除き)大多数は米国人の親日派、知日派で、上記でいう日本人との信頼関係の多い人たちである。また同時に彼らは、日本のことを良く知らない政府要人やジャーナリストなどに米国で日本について意見を求められる存在でもある。国際的な信頼関係には、直接的なものと、間接的なものがあり、彼らの意見は日米の架け橋として、単に187人という人数では計り知れない重みを持つ。今回の大阪市―サンフランシスコ市の姉妹関係の解消と、日本政府が大阪市の抗議を支持し、関係解消にも異議を唱えなかったという事実により、彼らが自分たちの誠意ある進言が日本に完全に無視されたと大きな失望を感じたことは間違いない。これが将来日米関係にマイナスにならないとは、筆者にはとうてい思えないのでこのことを警告したのである。


2.なぜ、大阪市の抗議は不適切であると考えたのか
再論であるが、筆者はつの点を指摘した。①サンフランシスコ市の慰安婦像設立は、当市の事業問題であり、大阪市が異議を唱える問題ではないこと、②当事業は歴史における人権問題であり慰安婦制度問題について、同様なことが繰り返されないことを祈る記念碑で日本を批判するものでは全くなく、大阪市が日本への批判ととるのは見当違いなこと。③碑文の内容に疑義があるという批判で(碑文の中身をこのように書き換えるべきではないのかという提案なら別だが)、慰安婦像設立自体に反対するのは、部分に疑義があるから全体を否定することで、それは論理的におかしいこと。


③について説明を付け加えよう。通常何かが「無い」と証明するのは「悪魔の証明問題」といわれる。「ある」ことの証明は一例で済むが、調べた多数のケースについて「無い」ことは「無い」ことを証明しないからである。慰安婦像設立への正当な抗議は、「慰安婦たちへの重大な人権侵害は無かった」ということを証明しなければならないが、これは悪魔の証明問題ではない。なぜなら既に重大な人権侵害があったとみなされる例が多数報告されているからである。それに対し、吉田清治の捏造や他の一部に事実誤認がある、という主張では「ある」という結論を否定できないのである。報告されているケースについて論理的にはすべて、そして現実的には大多数が、事実ではないと証明できない限り、重大な人権侵害があったことは否定できず、従って①②の条件の下での慰安婦像自体の設立反対は正当と思われないというのが③の理由である。


なお今回のサンフランシスコ市の決定へ筆者の発言を、韓国におけるものと全く同一視した批判が多かったのは遺憾である。筆者は韓国のことについていったのではない。筆者は韓国に関しては日本大使館・領事館前やバスなどの公共交通機関での慰安婦像の設置は、人権を訴える目的から逸脱した日本への嫌がらせであり、日本の抗議は当然であると考えている。また朴裕河氏が『帝国の慰安婦』出版に関し部分的であるせよ有罪とされたことは、韓国社会における学問の自由と言論の自由への重大な侵害であると考えている。筆者が河野談話を強く支持していることと、韓国における慰安婦問題の政治利用の評価の問題は別である。


「ネトウヨ」の心理と論理


筆者は、欧米での「左翼」と「右翼」を区別する価値基準からは、自由主義者であり共産主義や社会主義を全く支持しないので「左翼」ではないのだが、慰安婦問題に関連する前記事のような発言をすると、いわゆる「ネトウヨ」の論者から「左翼」というレッテルを必ず張られるので、その理由を聞いてみたことがある。その答えは、共産主義支持か資本主義支持などが「左翼か否か」を区別するのではない、要は「反日」か否かで、「左翼とは『反日』のことである」と、というものであった。つまり彼らの観点から見て「国粋主義的」でなく、国際主義的(外国に対し友好的)なものが「左翼=反日」であるらしい。ここで二つの問いが生まれる。①彼らは何を持って人を「反日」とみなすのか?。②なぜ外国に対し友好的な日本人を「反日」とみなすのか、である。以下この二つの問いに対し、筆者が今まで観察し、考えてきたことについて述べたい。


彼らにとって「反日」とは、後述するかなり一面的な日本への「忠誠心」の基準を満たさないことにあると筆者は思い至るようになったのだが、そのことを説明するにあたり、迂遠なようだが、日本の封建社会の「忠誠心」の基準には実は多様性があったという話から始めたい。封建社会の忠誠心というと有名なのは忠臣蔵の逸話だが、笠谷和比古氏は『武士道と日本型能力主義』(2005年)の中で、赤穂浪士には3っの異なる動機を持つグループがあったという。一つは浅野内匠頭(たくみのかみ)個人に忠誠心を持つ者である。「主君の恨みを晴らしたい」のが動機の者たちだ。第2は武士社会における「けんか両成敗」の原則を破り内匠頭のみ罰せられたのでは「武士の一分が立たない」と考えた者たちで、堀部安兵衛はその一人とされる。第3は浅野家断絶に納得がいかず、「お家再興」が第一目的だが、それが叶わないと知って最初の2つのグループと協働した者たちで、大石内蔵助(くらのすけ)はその一人であったと笠谷氏は分析する。これらを、以下「個人崇拝」「名誉倫理」「『家』集団護持」の動機と呼び忠誠心の3つの規準と呼ぶことにする。筆者は「名誉倫理」派には共鳴するところが多い。武士の名誉倫理について池上英子氏の『名誉と順応―サムライ精神の歴史社会学』(2000年)が詳しい。


さて「ネトウヨ」の論理と心理であるが。まず「超国家主義」とも呼ばれた戦前右翼の思想との比較を上記の「忠誠心の三基準」を用いて試みてみよう。「個人崇拝」「名誉倫理」「『家』集団護持」の3基準のうち、戦前の右翼思想に「個人崇拝」と「『家』集団護持」は確実に存在した。天皇個人への忠誠心と、戦前の天皇制という「国体」護持の考えである。では名誉倫理はというと、背景にある日本神道には武士道に相当するような名誉倫理はなかった。だから教育勅語による社会の秩序を重んじて和を尊び、国の危機には一命を投げ出すのが国民の義務という点が代わりに強調されたのである(筆者の教育勅語についての記事とリンク)。最後の思想が戦争状況の悪化の下で劣化し、人命・人権軽視の様々な行動に結びついたことは前記事で述べた。筆者は、戦前の右翼思想に武士道に代わる自律的倫理が存在しなかったことが、戦争状況悪化に中で多くの日本兵士の精神の劣化を生んだ一因ではないかと推測している。


では「ネトウヨ」の場合は戦前の右翼と同じかというと筆者の観察では全く異なる。まず天皇への個人崇拝がない。筆者は今年九月の天皇・皇后両陛下の高麗(こま)神社(古代の朝鮮からの帰化人を祭っている埼玉にある神社である)への参拝に対し「天皇皇后は反日左翼」と非難する「ネトウヨ」の主張がウェブに現れ驚愕した。筆者の世代の多くから考えたら恐れ多き行為である。ましてや皇太子殿下・妃殿下の時代から被災者や身体障害者など痛みや困難を経験する国民に寄り添って励まし、常に国民と歩む姿勢を貫くことで、欧州の王制度とは異なる、国民主権の下での象徴天皇制の意味を明らかにした、大多数の国民が自然に敬愛する両陛下ではないか。古の帰化人を含む朝鮮に対する排外主義がこのような皇室への最低限の礼を守ることよりも優先することが起こるのが「ネトウヨ」の世界なのである。


 


では「ネトウヨ」に「『家』集団護持」に相当する忠誠心の基準はあるか? 筆者の印象だが、彼らの多く、特に若者、が守ろうとするものは「日本国」でも、ましてや戦前の「国体」でもなく、実は「日本における自分の場」であるように思える。理由は後述する。


では名誉倫理はどうか。先に筆者は「ネトウヨ」には一面的な忠誠心の基準のようなものがあると述べた。その基準としてウェブに多く登場するのは「英霊」(戦死者)である。国のために命を捨てた人々だから最も忠誠心が高いと。そして中国と韓国を最も「反日」とみなす理由は前者が南京虐殺問題、後者が慰安婦制度問題を持ちだして「英霊を侮辱する」からであるという考えが見られる。当然筆者もその基準で一刀両断され「反日」のラベルを貼られたのだ。


余談になるが、筆者は以前にも慰安婦問題について別の媒体で意見を述べたとき、「左翼」だけでなく「反日」とののしられたことには大変不快感を持った。在米期間は人生の半分以上と長いが日本国籍を維持し、自分の専門家人生の幾分かを、日本社会で人々がより自由に生き生きと生きられるために自分が専門家として何ができるかを考え努力し、それなりに貢献できたという自負があるからである。だが上記の天皇・皇后両陛下への「ネトウヨ」への反応を見たとき、不快感を持った自分を恥じた。皇室が国民のために何ができるのかを、それこそ一生誠実にお考え続けられ実行されてこられた両陛下に対し、高麗神社参拝の一事を持って「反日左翼」とののしる者たちである。何様のつもりかというより、単なる愚か者たちである。彼らの何百、何千に何を言われようと、気にするだけ自分が馬鹿だと思い知ったのである。


だが筆者に当初不思議に思ったのは「ネトウヨ」には若者が多く、筆者の世代より「英霊」には実感に乏しいはずのことである。「英霊」はむしろ政治家の靖国参拝に対し中国などからの批判があることで、逆に「祭り上げられた」可能性も高い。だから「ネトウヨ」の「思想」の特徴は欧米の「右翼」の特徴の一つでもある排外主義であると考えられる。フランスの極右政党の女性党首のル・ペン氏も排外主義であるとともに、自国のリベラルな歴史教育を「自虐的」と呼ぶ点で「ネトウヨ」と共通している。


以上の分析からは三つの忠誠心の基準のうち「ネトウヨ」に見られるのか「名誉倫理」に代わる「自分は『日本のために命を捨てた英霊』の味方で、それを汚すものは、外国人はもとより日本人でも許さない」という考えのみであると筆者は思う。だがこれは自律的倫理基準ではない。


ただ雨宮処凛氏の「右翼経験」の自伝的説明などを読むと「ネトウヨ」の若者には他に個人的な心理的理由があると思われる。それは現代日本においてよりどころを失った多くの若者の不安と孤立、およびその心の隙間を埋める「ネトウヨ」仲間でいることの安心である。


関連する重要な社会学理論に筆者の学問上の友人でもあるオックスフォード大学教授でイタリアのシシリー島のマフィアの研究の専門家であるディエゴ・ガンベッタ氏の理論がある。彼の研究(The Sicilian Mafia. The Business of Private Protection、1993年)によると、マフィアは組織への忠誠心を第一に考えるが、仲間内の信頼度の高いマフィアの組織は、組織の人間が外部の人間と交流することを肯定的に考えるという。外部との交流は情報や人的関係資本でなどマフィアに恩恵をもたらすからだという。一方仲間内の信頼度の低いマフィアの組織は、組織の人間の外部の人間との交流を否定的に考え、特に「敵」とみなす外部への不必要な攻撃的行動を頻繁に行うという。内部で仲間の忠誠心への信頼度が低いとき、「裏切り者」と思われないことが最重要となり、疑われやすい外部との交流を非難することで自分の保身を図り、さらには組織への忠誠を示す忠誠心競争のために「敵」を攻撃するのであると。


その理論から類推すると、ここからは筆者の憶測だが、「ネトウヨ」の若者の多くは日本が大好きだが、その日本社会に拠り所となる自分の場がなく、それは自分が日本人として十分に信頼されていないからであると感じ、信頼獲得のために忠誠心競争をするのではないだろうか。そして「英霊」は彼らにとって日本への忠誠心の最も疑われない人々と信じ、戦前の右翼が天皇との心理的距離によって日本への忠誠心を示そうとしていたのに対し、「ネトウヨ」は「英霊」との心理的距離により、日本への忠誠心を示そうとしてるように思われる。


最初の問いの答えに戻りたい。①彼らは何を持って人を「反日」とみなすのか? 答えは中国と韓国やこれらの国に友好的と彼らがみなす人々である。その理由は中国は南京虐殺事件や、韓国は慰安婦制度問題で旧日本軍の非を主張するからである。最近は米国も同じ主張をしているとみなし、新米的な人間も「反日」とみなすようだ。②なぜ歴史問題への態度だけでなく、より一般に外国に対し友好的な日本人を、「反日」とみなすのか。これは上記のガンベッタ理論からの推測だが、内部(日本)の人間の日本への忠誠心に疑いを持ち、自分も疑われるのではないかと恐れて忠誠心競争に走ると、外部と友好的な者を「反日=裏切り者」といって批判することが一方で保身となり、他方で「ネトウヨ」内で仲間であるとの認証ともなる、というのが筆者の答えである。だから「ネトウヨ」が守ろうとしているのは「日本国」ではなく「日本における自分の場」である、と。まただから安易に人を「スパイ」などと呼ぶのであろう。だがこれは仮説であり今後の実証が必要だろう。


以上が筆者の記事への反応について筆者が考えたことである。「ネトウヨ」の若者たちに典型的に見られるように、人の考えに対し内容や論理は無視し、排外主義的な特定の結果の基準のみによって「反日か否か」と判断し、「反日」を攻撃する姿勢と行動が広く社会に浸透し社会的圧力となってきていることを、筆者はこれからの日本の国際関係上大変に危惧する。


対策として、政治が排外主義的ナショナリズムを強く否定することに加え、迂遠なようだが、日本の政治が高齢者より若者をサポートする方向に大きく舵を切るべきだと筆者は考えている。実はOECD諸国の中で、日本のみが社会保障・福祉による所得再配分によって、経済的不平等がかえって増すという異常事態になっている。多くの欧米諸国は所得再配分後の不平等が減るのと正反対である。これは日本の場合、比較的貧しい若年齢世代の所得税を、比較的裕福な高齢者福祉へ振り向けることになるからである。これは是正すべきであり、高齢者には酷なようだが、比較的裕福な高齢者層の福祉を大幅に受益者負担とし、その分、子供、若者、育児世帯への投資やサポートに振り向けるべきである。またそれにより、多くの若者が明るい未来の展望を持て、その結果排外主義にともなう心理的な自己肯定に走らずとも日本に自分の場があると感じ、国内や世界の多様な人々の中で、信頼関係を培いながら生きることができるようになる日本社会になることを願ってやまない。



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大阪市民は、それでいいのか?慰安婦像撤去問題における吉村市長による姉妹都市解消措置

昨日の記事、”歴史修正主義、自称愛国者の海外での墓穴”の続き。
リテラでもこのサンフランシスコ市長への吉村市長の恫喝にもならない恫喝と、それを後押しする安倍首相の圧力にもらない圧力の国際的恥かきを取り上げている。

結局愛国と称し、彼らが騒げば騒ぐほど、こういう考えの人たちによって、慰安所が作られ多くの女性がまさに”苦海”に沈まされた、というリアリティーが鮮明になる。
彼らの愛国は日本人を他のアシア諸国より上に設定し、その優越感を誇りと勘違いしている幼稚な愛国心だ。今回も市長が中国系アメリカ人であるという点で、より高飛車に出ているのではないか?と疑われる。


だいたい日本ほど、セックス産業が盛んで大っぴらな国は少ない。そうして利用者である男性の大半は自身の性の発散をお金で解決しながら、感謝するどころか、”売春婦”と目下に見て蔑むという、とんでもない男性優位社会が今でも継続しているのだ。


成人女性の合意の上の売春行為だけでなく、年端もいかない少女、障害や貧困に苦しむ女性をを取り込み、近隣アジア諸国から、騙して入国させパスポートを取り上げ売春をさせる事態も後を絶たない。こういう現代版慰安婦状態の扱いを今も継続している国が、どのツラ下げて『日本の名誉』などと宣えるのか、まさに”Shame on You!!-恥を知れ”だ。


吉村市長は、市民の意見を聞いて、また市議会にはかって、抗議し、姉妹都市解消を申し入れたのだろうか?大阪の市民は、大阪市が国際的に歴史修正主義の市として世界に認識されることをどう考えているのだろうか?


安倍首相も首相の立場で勝手な発言を発信するが、彼の意見に、歴史修正主義に日本国民の何%が賛同するだろうか? 


一部の極右団体が資金力にものを言わせ、アメリカで新聞広告を出したり(ニュージャージー州で発行されてるローカル紙「スター・レジャー紙」)、パレードしたり、日本人会で講演したりしても、それに着目するアメリカ人は少ない。しかし今回は市を相手取って、しかもリベラルで文化レベルの高い大都市サンフランシスコを開いてどおっての大騒ぎ。ご丁寧に一国の首相まで後押し発言を公式に送るなど、トンデモぶり大宣伝だ。
スター・レジャー紙の読者を多く抱えるニュージャージー州パリセイズパーク市の公立図書館には「日本帝国政府軍が慰安婦として20万人以上の女性と少女を拉致」などと記載された慰安婦碑が2010年に建立され、ニューヨーク総領事館や自民党の国会議員が同市に撤去を求めたが、拒否されたままになっている。
櫻井氏ら歴史事実委員会は、2007年に米下院が慰安婦問題に関する対日非難決議を採択した際はワシントンポスト紙に反論広告を掲載している。


アメリカに住む日本人の一人として、非常の情けなく、恥ずかしい。


大阪は、私が初めて企画展を開いていただいた場所であり、多くのユーモアと独特のインテリジャンスを持つ人々に出会えた街であり、韓国の人たちの街である鶴橋も活気にあふれていた。声高に怒りをがなり立てたり、人を直裁に侮辱するなど、大阪には似合わないと私は思っている。最近は変わってしまったのだろうか?そういえば安倍ベッタリTV番組や、安倍KissAss大物お笑い芸人は関西系だ。だいたいコメディアンが権力者するよりしてどうする”Shame on You”だ


心ある大阪市民は、市長の行動が自分たちの総意でないというメッセージを示してほしいと思う。"I am not Yoshimura . I love San Francisco."



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またグラム上院議員、今度は在韓米人退避勧告発言

リンゼー・グラム氏はサウスカロライナ州サウスカロライナ州選出の上院議員。この人のNBCニュースのインタビューに、日本は大きく反応している。


【ワシントン=共同】グラム上院議員(共和党)は1日、米国を標的とする核弾頭搭載の大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発を阻止するため、トランプ大統領が北朝鮮との「戦争」も辞さないと語ったとNBCテレビの番組で明らかにした。


 グラム氏によると、トランプ氏は「戦争が起きるなら向こうでやる。大勢が死ぬが、米国ではなく向こう側で死ぬ」と話したという。グラム氏は、北朝鮮がICBM開発を続けるなら「軍事力行使は避けられないだろう」と述べた。


 これを受け、サンダース大統領報道官は1日の記者会見で「大統領は北朝鮮の核・ミサイル開発を阻止する必要性を明確に語ってきた」とだけ説明し、軍事力行使を含む「全ての選択肢」がテーブルの上にあると繰り返した。


なんかデジァブだなあ、と記憶を辿ったら、この人、8月にトランプ氏は「戦争が起きるなら向こうでやる。大勢が死ぬが、米国ではなく向こう側で死ぬ」と話したと、NBCテレビの番組で明らかにし、これも日本に大きなショックをあたえた。



2017/8/2 11:13
【ワシントン=共同】グラム上院議員(共和党)は1日、米国を標的とする核弾頭搭載の大陸間弾道ミサイル(ICBM)開発を阻止するため、トランプ大統領が北朝鮮との「戦争」も辞さないと語ったとNBCテレビの番組で明らかにした。


 グラム氏によると、トランプ氏は「戦争が起きるなら向こうでやる。大勢が死ぬが、米国ではなく向こう側で死ぬ」と話したという。グラム氏は、北朝鮮がICBM開発を続けるなら「軍事力行使は避けられないだろう」と述べた。


 これを受け、サンダース大統領報道官は1日の記者会見で「大統領は北朝鮮の核・ミサイル開発を阻止する必要性を明確に語ってきた」とだけ説明し、軍事力行使を含む「全ての選択肢」がテーブルの上にあると繰り返した。


この時も不思議に思ったが、彼は何の権限で、緊張する対北朝鮮危機を煽ることを言うのだろうか?米上院議員は定数100人のうち共和党員は52人、下院は定数435で共和党が241人。彼は393人の中の1人だ。


本来慎重であるべき公人の発言としてはいささか軽率、あるいは意図的に何かを煽っているのかと疑いたくなる。


CNNは、グラム氏この両方の発言について一切取り上げていない。
この人は超保守で、軍事委員会に所属、ミニタリーアクションにか関わることが大好きで、真の重鎮マッケイン上院議員ベッタリさんだった。彼の発言を、しかも委員会での見解でもない個人的意見をペンタゴンが注目するとも思えない。


トランプの「戦争が起きるなら向こうでやる。大勢が死ぬが、米国ではなく向こう側で死ぬ」発言も、トランプが彼に語ったと、彼が言っているだけで、トランプからはそれについて何もない。


グラム氏北朝鮮のミサイル攻撃の前に攻撃するべきと思っていて、不安定なトランプに影響を与えたがっている。そのためにテレビで余計なことを話すのだろう。
所詮アメリカオンリーの狭量な白人至上主義の発想だ。


確かに北朝鮮の強気の挑発に、軍は強い対応の準備もしているだろう。けれど、誰も無用な犠牲を出す戦いはしたくないのだ。


グラム氏の意見に着目し、騒ぎ立てることは、維新足立氏発言を日本の公式見解として他国が憂慮するようなものだ。もっとも、現在の日本政府は、トップもネトウヨレベルであるから、アメリカよりうんと危険だ。


ジャパンハンドラーのアミテージさんは、日本を良く勉強しているコンサルタントであって、日本を支配するアメリカの司令塔などではない。現に彼はもう政治の中枢にはいない。本人もインタビューでこの日本の認識に驚いて、一体どうやって日本をコントロール配すると言うのか?たった一人の個人でさへ、私は、コントロールできたことなどないーと驚き顔で述べていた。同じようにこのグラム氏の煽り発言も、足立発言ぐらいに抑えておかないと、戦争を知らない日本が過剰反応し、返って火種となりかねない。


本来、日本は、戦わずして勝つ外交を模索するべきなのだ。”勝つ”というのは、東アジアの平和的均衡をもたらすことで、誰も殺さない、殺されないことだ。隣国からの信頼と友好を勝ち得、穏やかな、懐の深い確かな意見者と認識されることだ。これからアジアは中国がリーダーシップをとってゆくだろう。その際にも、日本はキーストーンとして、自立した意見を持ち存在を示してゆかなければならない。しかし、どちらにしろ、非常に偏った情念と、軽い思考を持つ安倍氏が政権のトップにいる以上、日本は不安定で危険な存在であり続けることは国際的に見て間違いない。


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