密接な関係にある他国から

アメリカと日本の社会、文化、日常感覚など、下から目線でつなげてみる。

芸術を必要としない人々によるピント外れの芸術批判 表現の不自由展非難、芸術は坑道のカナリアだ

日本の美術界も気骨のあることをするものだ。「あいちトリエンナーレ2019」が「表現の不自由展・その後」において、慰安婦像を展示した。


すっかり日本の美術シーンに疎くなってしまったが、2015年に東京都練馬区のギャラリー古藤で催された「表現の不自由展 消されたものたち」過去に美術館や展覧会等から撤去されたり、内容の変更を求められた作品を集めた企画は、盛況を博したそうだ。まずこのギャラリーに拍手を送りたい。小さなギャラリーだそうだが、外まで人であふれていたという、美術を受け止める側の人たちに拍手。日本の美術界に希望を抱かせるものだ。「あいちトリエンナーレ2019」の「表現の不自由展・その後」は、この「表現の不自由展 消されたものたち」を発展させたものだという。


とはいえ案の定、舞台がトリエンナーレ(3年に一度開かれる形式のアートの祭典)ともなると、今の日本の状態では非難が殺到するのは避けられないだろう。ましてや巷では韓国との関係悪化がひどくなっている(山本太郎氏の1日の街頭演説の録画に、ものすごい叫ぶ聲をあげて韓国を罵っている女性?の声が入っていた。公共の場でこうした叫び声を上げるというだけでもかなり狂っているし、それが他国への憎しみとなるともう異常としか言いようがない。政府はいたずら反韓感情に煽っていると、取り返しのつかない惨劇をふたたび起こしてしまう、真剣に考えなくてはならない)その現状で慰安婦像の展示であるから、ヒステリーが増大するのは必至だ。しかし、慰安婦像(彫刻家のキム・ソギョン氏とキム・ウンソン氏による「平和の少女像」)は、紛う事なき素晴らしい反戦平和を訴える作品である。これに過剰反応したりヒステリックになること自体、よほどやましいことがあるからだと言わなくてはならない。


リテラの記事の中で、この展示やトリエンナーレに寄せられた非難を見ると、多くの日本人にとって、アートとは、お金に換算したり、文化的に雰囲気を身にまとったり、Coolであるという売りであったり、宣伝や諸外国と文化的に肩を並べるための方便であったり
そんなものでしかないのだなぁ、とわかる。アートが人間の限界を、閉塞性をスパイラルに導くエネルギーを持つ、人間が人間である尊厳の証である、という認識は全く無いようだ。


アートとは、人間存在と同じで、生産性で測ってはいけないものだ。また生産性で測れるものを究極にはファインアートと言わないという見方もある(ただし、訳が分からなければいい、というのとはチョツト違う、この判断は、拈華微笑の領域に近いかも)。NYの美術界でも、常に議論を戦わせているのが、ファインアートとは何かだ。ホイットニービエンナーレなどは毎回この種の議論の中心だ。


そんな議論など、全くどうでもいい、政治家の頭の中。
菅義偉官房長官も2日の会見で、「補助金交付の決定にあたっては、事実関係を確認、精査して適切に対応したい」なんてのもうんざりするほどの、非文化的発言をしている。まさに現在の安倍政権の価値観を表明している。”芸術は坑道のカナリア”とはよく言ったものだ。


ホイットニーといえば15年くらい前"American Effectーアメリカ効果"という企画展覧会が行われた。アメリカを批判的に描いた世界中の様々な作品の中で、日本のアーチスチト会田誠氏の作品が展示された。アイソメトリック法で描かれたマンハッタンの街並みが炎に包まれ、その上にゼロ戦が無限8の字を描いて飛ぶ、という衝撃的作品だった。作品もさることながら、何と言っても、これを展示したホイットニー美術館に驚嘆し、敬意を評した。もし日本だったら、、、韓国や中国のアーチストが、燃え盛る東京の上を自国の国旗を冠した戦闘機が8の字を描いて飛ぶ、というような作品を展示できる美術館は日本にはないだろう。平和を願う少女像、じっと座っているいたいけな少女の像でさへ、大騒ぎに批判し、憎しみを爆発させる日本社会と、アートの独立性を守れない美術館。


自民党和田議員は「これが表現の自由だと言う人がいれば、じゃあ、エリザベス女王のお写真がそういうことになる展示があったときに、イギリス国民はどう思うのか」、エリザベス女王がイギリスを無謀な戦争に導き、手ひどい敗戦をした歴史があれば、イギリスの人々は決してそんなアートを排斥しないだろう。毛沢東は中国アートの(決して賞賛的扱いでなく)重要なモチーフである


リテラは女王陛下に対する表現の自由に、Sex Pistolsが女王と国を痛烈に揶揄する「God Save the Queen」をあげているが、コメディー映画”キング・ラルフ”などは、王室の方々が雨上がりの記念撮影で、全員感電死し(!!)、皇位継承権を持つのが、国王陛下の落とし胤、なんと!!アメリカ人!!売れないミュージシャン・ラルフ と言う展開で始まる。主演はジョン・グッドマン、もちろん常にイギリスに馬鹿にされる感のあるアメリカがリベンジでイギリスをコケにした映画ではなく、人間の品性をテーマにした、両国の友情の話だ。イギリスが主で制作されの映画だ。もし、日本なら、皇族の方々が全員事故で感電死(この時点でアウト)そして皇位継承者が、天皇の落とし胤(この時点でアウト)である、韓国の普通の青年(ラルフは普通ではない、ルーザーの売れないミュージシャンだが)この時点で盛大にアウトであろう。


前の記事でも触れた、ジミー・ヘンドリクスのアメリカ国家National Anthemの即興演奏
なども、もし君が代ロックでしかも爆撃音やノイズで満ち溢れているアレンジで演奏をされたら、怒り狂う方々が出て、当然アウト。


我々日本人は本当に表現の不自由な国に生きている。表現の独立性が保たれない国に生きている。差別や弱者攻撃を正当化できるものだと勘違いしている国に生きている。


南京大虐殺はなかった論、日本人はそんなひどいことはしない?銅版画の大家浜田知明氏も大陸に送られたその凄惨な戦争体験を作品にしている。

戦場カメラマンは、命を賭して戦場の写真を撮り、ジャーナリストは閉じられたその国の様子を書き世界に伝える。こうしたギリギリの表現、利己心を超えた行動は、人間のできる最も崇高なことの一つである。


弾圧や戦闘で命の危険のある中でも、アーチストは死と隣り合わせでも、命を燃やす糧として、作品を作る。プラドで見た、フランコ政権下のアーチスト達のペン画(それしか表現する材料がなかったのだろう)は、慟哭が突き上げる。


シリアの匿名のアーチストの作品には、そのペン画に共通するものがある。

2015年CNNの記事Blueprints of war: Syrian artists paint the struggle戦争の青写真;シリアの芸術家が闘争を描く、で掲載されたに掲載された、10人のアーチスチ作品の中の一点。匿名の反戦アーティストハンドルネームDAALI氏のシリーズ”if it's not happening your country that dose't mean it's happening.”のうちの一点。西洋諸国で普通に行われていることに、出来事や場所に、シリアの人々の抑圧、迫害の場面をトランスポートして作られる一連の作品(写真コラージュ?)命がけのアートによる訴えであり抑圧者に対するゲリラ戦だ。


今、あいちトリエンナーレは、攻撃を受けて方向展開せざるを得ない状況になってきていると聞く。ナチスドイツの芸術検閲も引き合いに出されるが、ナチスは廃頽美術展を開き、近代美術や前衛芸術を、道徳的・人種的に堕落したものであるとして”展示した”
そこに展示されたアーチストが戦後20世紀の芸術をリードした。展覧会趣旨を捻じ曲げ、撤去させようと言う今の日本(臭いものに蓋主義)よ祖国を憂いり、十分芸術の意義と価値を理解し重視しているとも言える。なにしろ、ナチスは盛大に芸術作品の収集をしたそうだし、ピカソの作品も収集した(キュビズムを廃頽の極みとは思わなかったのか?)そして当のピカソは、ナチスに自分の作品を高く売り、自国スペインの反フランコ政権レジスタンスに資金を送金し、祖国を憂い、フランコ政権への怒りに満ちて亡命先でゲルニカを描いた。印刷ではわからなかったが実物は、何層も塗り重なったモノクロ画面が激しい怒りと悲しみの波動を伝えている。非常に力強く、また作者のエモーションが伝わる作品で、ピカソは好きではない私でも、心が震えた。


とにかく、どんな権力でも暴力でも恫喝でも、自分の内心の自由、人間の尊厳を、抑圧暴力への怒りを、そうした全てのものを押しつぶすことはできない。そう信じたいし、そうしてきた人々がいる。日本でも、暴力に屈せず、命を落としてまでも反戦を貫いた人たちがいた。


自分がそんな状況で捻じ曲げられずに制作を続けられるかは、正直わからないけれど、現在、イラン開戦への危惧、難民・移民に対する分断、汚染土コンフレバックをモチーフにした作品を制作している。フロリダ・タンパ美術館の社会的アート・コンペティションを目指している。


社会的主題、特に戦争を主題とするものは、やはり画廊では支えきれない。そういう意味でも、日本のアーチストにとって、あいちトリエンナーレ2019のアプローチは大変意義あるものだ。捻じ曲げられずに「平和の少女像」も含め展示を続けて欲しい。


しかし、たとえ圧力に耐えられなくて、宮廷画家、従軍画家、政権フレンドリーアーチスト・アートディレクターとなる、それも仕方ないけれど、せめて、面従腹背、ピカソのごとく図太く、内心の自由は絶対に守り通すことだ。頑張れ日本のアーチスト、そして日本の美術界。



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