密接な関係にある他国から

アメリカと日本の社会、文化、日常感覚など、下から目線でつなげてみる。

ジェンダービューティーの価値観 ミスユニバースコンテストと若きシュワちゃんのミスターユニバースの戦い

一昨日、恒例のChristmasボートパレード(St Petersburgでは、クルーザーのオナーたちが自分の船に電飾のデコレーションをして湾内を航行するイベント)でDさんの妹さんのコンドミニアムを訪れた。少し肌寒かったが、ボートの人たちはみんな陽気に酔っ払い、
Marry Cristmas!!! Happy Holiday!!と大騒ぎ。南国らしいクリスマスイベントだ。


TVでは、ミスユニバースコンテストをやっていた。我が家ではTVチャンネルのイニシアチブをDさんが握っているので、こうした番組は初めてみる。
女性の身体的美+知性(ユーモア)+キャリア(どんな仕事に従事し活躍しているか)で審査されているようだ。彼女らが自分の仕事をしている動画が制作されていて、ファイナリストは、それが流される。そこで感じたことは、舞台上の彼女らより、素顔に近い彼女らの方がもっと美しいということだ。最初から違和感があった。全ての候補者がおんなじ顔に見えるメークアップだったからだ。その顔に既視感、イバンカ・トランプだ。


これはメークアップアーチストが引きずる悪しきトラウマか?ドナルドトランプはかつて
ミスユニバースコンテストを所有していた。彼はいついかなる時も、候補者のドレッシングルームに足を踏みれ闊歩し、彼女らのボディーをチックできる特権と楽しんでいたし、
その後、特別に親しくなる特権も享受していた。


今は、大統領なので、イベント権売り払ったようだが(そして元ミスユニバース候補からセクハラの訴えも起こされたいた)彼の悪しき影響は未だに払拭されていないようだ。


帰り道、ミスターユニバースはあるのか?とDさんに尋ねたら、アーノルド・シャワルツェネッガーはかつて5年連続ミスターユニバースだった。そして当時のミスターオリンピア(ミスターユニバースなどのコンテストは、ボディービルダーのコンテストで、アマチュアのためのMrユニバース プロのためには、Mrオリンピアとなる)ドキュメンタリーがあるという。これは是非見たい!!というので、ネットフリックスで探してもらって、昨夜見ることができた。


ボディービルダーというと、体をテカテカにして奇妙なポーズをとる、究極の男性自己愛
の象徴という印象があったが、このドキュメンタリーを見てまるで印象が変わった。
ボディービルダーのコンテストは、厳格な審査基準があり、それは彼らの筋肉はいかに正しく体表に現れるかで審査される。体を鍛え、筋肉を発達させたからといって、常にその筋肉のいちいちが美しくはっきりと現れるかどうかは、集中力と、直前までのトレーニングで決まる、スポーツとして認識されていることだ。


参加者の事前のナーバスさは、すべてのスポーツ選手の試合前の厳しい表情と同じ。アマチュアからプロになると、様々なイベント、モデル、映画、ビディービルダーを目指す人々のインストラクターで収入を得る。当時のシュワちゃんが、刑務所の慰問をして、筋肉を披露して、女性収監者を興奮させ、男性収監者を熱狂させている映像もあった。


のちに映画界で成功を収め、カリフォルニア州知事になったシュワちゃんの片鱗は、コンテスト直前のライバルへのメンタルプレッシャーに顕ている、とDさんの言う。
彼はライバル候補者のトレーニングのそばを歩き回り、マシンが変な音がするなぁ、怪我をするといけないからチャックしたら、とか、トレーニング中に相手のトレーニングをじっと見つめたるする、かなり嫌なやつだ。 もちろん彼はグランプリを手にした。


さて、ミスユニバースは、より主観的なものであり、ファイナリストでは、声、表情を女神的に美しいベネゼイラの候補で決まりだろうと思っていたら、一番先に落ちた。ではコンテスト初期から、目をつけていた、サウスアフリカのクールビューティーか、とおもったら、一番好きではないフィリピンの艶かしい女性がミスユニバースに輝いた。
この人は、すごく色の白い日本流によると、色っぽい女性だ。やはり女が男に選ばれる価値観は、SEXから離れられないのか。


ミスターユニバースが客観的基準の”美”であるのにミスユニバースは常に審査員の主観に
振り回される”美”である。これが、女性美の象徴ミスユニバースの悲しさでもある。



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