密接な関係にある他国から

アメリカと日本の社会、文化、日常感覚など、下から目線でつなげてみる。

仲良し外交でロシアに完全に見くびられる安倍政権

あんたにゃ無理、そう言いたい。
頭脳も、交渉力も、人の悪さも、独裁者としての冷酷さも何十倍も勝るプーチンにファーーストネームの仲良し外交を仕掛け、お土産貢物で機嫌をとって譲歩を引き出せると思っていること自体、恐ろしい勘違いだった。


当初、付き合って相手を品定めしていたであろうプーチンはもう完全の安倍晋三と日本の質を見切って、冷酷な笑いの侵略外交を進めてきている。難航どころか、今まで守ってきた日本の立場も突き崩されていくだろう。



シンガポールでの十四日の日ロ首脳会談で、一九五六年の日ソ共同宣言に基づく交渉の促進で合意したことについて、ロシアは日本から領土問題で大きな譲歩を勝ち取ったと受け止めている。日本は、一九九三年の日ロ合意(東京宣言)に基づき北方四島の帰属交渉を求めてきたが、プーチン大統領は択捉、国後両島が言及されていない共同宣言のみが交渉の基礎だと主張していたからだ。
 

今後のロシアの対日姿勢について日ロ関係に詳しいストレリツォフ・モスクワ国際関係大教授は「日本が国後、択捉二島の返還要求をやめて歯舞、色丹二島で(領土問題の)終止符を打つと表明しない限り、ロシア側は交渉を進めないだろう」と指摘した。
 

一方でプーチン氏は以前から「引き渡される二島の主権が日ロどちらに属するかなどの条件などについて書かれていない」と強調してきた。日本が方針転換してもロシアは歯舞、色丹の引き渡し交渉にも容易には応じないだろう。
 
北方領土問題の原点である歴史認識や、安全保障問題でも強硬姿勢で臨む可能性が高い。ロシア外交筋は「平和条約締結には日本側が、第二次大戦の結果、合法的に旧ソ連(ロシア)領になったと認めることがまず必要だ」と述べ、今後の交渉での高いハードルを示唆した。 (モスクワ・栗田晃)


これは、15日朝刊記事。16日の共同通信は
ダーウィン共同】安倍晋三首相は16日(日本時間同)、オーストラリア北部ダーウィンで会見し、ロシアとの平和条約締結交渉を巡り、北方領土のうち歯舞群島と色丹島の2島の返還協議を先行させる意向を示唆した。プーチン大統領との14日の合意によって2島先行交渉が進む可能性を問われ、直接否定せず「領土問題を解決して平和条約を締結するとの従来のわが国の方針と、何ら矛盾しない」と述べた。4島の帰属問題を重視する姿勢も示した。
 1956年の日ソ共同宣言は、平和条約締結後、歯舞、色丹を引き渡すと明記。首相とプーチン氏は共同宣言を基礎に平和条約交渉を加速させることで合意した。


これを合わせて読むと、恐ろしい展開にやすやすハマったということになる。此の期に及んで曖昧表現で、しかし受け入れと取れる対応をする。ほんの少しドアを開けたら、足を挟んで雪崩む、そんなロシアやり方がないとは言えないのだ。


相手と仲良くなって、相手にサービス接待して、その暗黙の見返りが得られると考えるのは、日本だけだ。これは対アメリカ・トランプにも言える。


北方領土に関しては、志位委員長が主張してきている姿勢しかないのだと思う。

志位氏は、日ロ領土問題の解決には、ロシアに領土返還を求める大義―国際的に通用し、ロシア国民も納得させうる大義を、堂々とかかげて交渉にのぞむことが必要という。


その大義とは、スターリン時代の旧ソ連は、第二次世界大戦の時期に、バルト三国の併合、中国東北部の権益確保、千島列島の併合をおこないった。これは「領土不拡大」という連合国の戦後処理の大原則を乱暴にふみにじるもので、この原則違反に立ち返り国際世論に向けて主張してゆかなければ、解決はないと主張する。


「このなかで、いまだにこの無法が正されていないのは、千島列島だけになっています。
ヤルタ協定の「千島引き渡し条項」やサンフランシスコ条約の「千島放棄条項」を不動の前提にせず、スターリンの領土拡張主義を正すという正義の旗を正面から掲げて交渉にのぞむことが、何より大切であることを強調したいのであります。」


大本に立ち返り、筋の通った主張をぶつけてゆく、そういう能力が日本にあると見なせば、ロシア側も、後付けの前提を振りかざし、日本に強気の交渉を押し付けてくることはできないだろう。ところが、不勉強の安倍晋三は、言われるがままに、議論もせず、温情と、利益供与でおもねるばかり。



赤旗の資料はこの問題を再度整理理解する上で、とてもよくできているので転載します。
領土問題 キーワード

◆連合国の「領土不拡大」原則 第2次世界大戦で連合国がとった戦後処理の原則。日本・ドイツ・イタリアが戦争などによって奪った土地は返させるが、そのほかの土地の割譲は求めないというもの。日本にたいしては、1943年に米英中3国首脳が発表した「カイロ宣言」で明確にされました。45年7月の「ポツダム宣言」では、「カイロ宣言」の履行が明記され、ソ連を含む連合国全体のものとなりました。


◆ヤルタ協定の「千島引き渡し条項」 アメリカ、イギリス、ソ連3国の首脳は、第2次世界大戦末期の1945年2月、ソ連のヤルタで会談を開きました。この会談でスターリンは、ソ連の対日参戦の条件に、日本の正当な領土である千島列島の引き渡しを要求。米、英ともこれを認め、3国の秘密協定に盛り込まれました。


◆サンフランシスコ条約の「千島放棄条項」 第2次世界大戦後、日本がアメリカなどと1951年に調印した「サンフランシスコ平和条約」の第二条C項のこと。千島列島については、日本が「すべての権利、権原及び請求権を放棄する」ことが明記されています。この条項は、ヤルタ協定の当事国であるアメリカが、ヤルタ協定にしたがってもちこんだものです。


◆幕末・明治初期の日ロ間の国境画定条約 条約は2つあります。最初の条約は1855年(安政元年)の日魯通好条約で、千島列島の択捉(えとろふ)島以南を日本領、得撫(うるっぷ)島以北をロシア領とし、樺太(サハリン)は両国民混住の地としました。政府は条約を結んだ2月7日にちなんで、この日を「北方領土の日」としています。その後1875年(明治8年)に結んだのが樺太・千島交換条約。樺太全体をロシア領とする一方、ロシア領だった得撫島以北の千島は日本領としました。この結果、千島列島全体が最終的に日本の領土となりました。



だいたい・大戦後の混乱の中での無法、不平等が未だに継続を許しているのは日本のみ。地位協定もドイツ・イタリアは平等な条件に改善を果たしている。押し付け憲法論なんて言ってる人たちはこういう状況の方が問題だとは思わないんだろうか?


これはひとえに、日本が、きちんと議論をせず、主張を展開せず、相手におもねることで譲歩を引き出すという、日本社会の通年から抜け出せない国際交渉音痴の賜物だ。


逆に言えば、日本社会は、筋を通す議論ほど通用せず、物事を難航させる社会であり、
はっきりものを言うことを無礼とし、対等にお互いの意見を認める風習がなく、立場や地位、年齢、性別などで、理屈に合わない状況が、まかり通る社会を形成してきたことで、それ国際社会でも同じだと考えてしまっていることが、こんな状況を生んでいる。


若くても、女性でも、マイノリティーでも、大義のある主張をしていけば、必ず現状は変えていけると(簡単ではないし、長い時間もかかったとしても)、歴史の中での変革改革の証明を積み上げてきた国と、長いものに巻かれろと、諦めを最善としてきた国の違いだ。


日本人にとって、全て理詰めで戦う社会は、確かに合わない側面もあるだろうが、国際社会の中で、自国を守り、独立的立場を守るためには、誰もが納得する、論理的な整合性の取れた提案や議論をしてゆかなくてはならない。


まず、論理的思考のできない、日本人の甘え、忖度、フル稼働で人を動かすことにだけが得意の、ボンボン世襲政治家から政治の主導権を取り戻すことが、最優先である。
アメリカのゴリラとロシアのシロクマに骨の髄まで吸い取られる前に。


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